こんばんは、エパタです。
夕方頃私はスーパーに買い物に行きました。
すばやく買い物をし....たつもりでしたが、家に帰ってくると、買ったはずの牛乳2パックがない! レシートを調べると、レジを通過しているので、レジのところに置いてきてしまったらしいのです。
いつもは袋に詰めてくれる店員さんもいるので、忘れたらわかると思いますが、その時は急にレジの人が「水が飲みたい」と言って、袋詰めの青年が水を取りに行ったので、いなかったのでした。
私はばかだなーと思いながらも、自分を責めても悔やんでも仕方がないので、聖書に書いてある通り、感謝することにしました。
すると、2パックで6レアルする牛乳(350円くらい)、ちょっと痛いが、レジの人にあげたと思えばいいじゃないかと思えてきました。
すると、スーパーに電話してみようという元気が出てきました。袋に書いてある電話番号に電話してみました。
すると、夜遅くにもかかわらず、受付の人が出てくれました。「レシートにはあるが、家に帰ってきたら牛乳2パックがない。レジに忘れたと思う」と言うと、その部署へ電話を回してくれました。何度も何度も呼び鈴がなるが、誰も出ない、同じ人が2回、3回と出る。無理かなとあきらめかけたが、粘っていると、やっと違う人が出ました。先ほどと同じことを言うと、少し時間があり、「あー、牛乳2パックね、とってあるよ、取りに来な」と二つ返事。
神様に心から感謝しました。それから、ブラジルも盗人がいなくなっているなーと、再び感心しました。
2013年9月10日火曜日
2013年8月30日金曜日
健康診断に行ってきました
おはようございます、エパタです。
今年の分の健康診断がまだだったので、このままだらーりしていると、今年がもう終わってしまうと思っていました。すると、家の大家さんが「町の体操に行く」と言うので、どういうことをやるのか聞いてみると、ボランティアでお医者さんが来て、血圧や血糖値などを計ったり、健康のためのオリエンテーションセミナーをしてくれるとな。そこで、今日行ってきました。
血圧も血糖値も正常でした。
その後、お医者さんのセミナーがあり、病気を予防するために必要なことのセミナーを聞きました。医療用語の難しいポルトガル語を久しぶりに聞く、良いチャンスとなりました。
今年の分の健康診断がまだだったので、このままだらーりしていると、今年がもう終わってしまうと思っていました。すると、家の大家さんが「町の体操に行く」と言うので、どういうことをやるのか聞いてみると、ボランティアでお医者さんが来て、血圧や血糖値などを計ったり、健康のためのオリエンテーションセミナーをしてくれるとな。そこで、今日行ってきました。
血圧も血糖値も正常でした。
その後、お医者さんのセミナーがあり、病気を予防するために必要なことのセミナーを聞きました。医療用語の難しいポルトガル語を久しぶりに聞く、良いチャンスとなりました。
2013年8月22日木曜日
パンフレットを持って行きました
こんばんは、エパタです。
いつもお世話になっている日系の定食屋さんに、先日作成した「日本の児童養護施設設立のための寄付のお願い」のパンフレットを10部持って行きました。
久しぶりだねぇ~と言われてしまいました。
そして、以前も投稿した伝道所カフェに行きました。少しナマッていたポルトガル語も少しブラッシュ・アップされたか? どうかはわかりませんが、いろいろ話を聞いていただいて、解放された感じです。
昨日の夜、真夜中に目が覚めてしまい、ずっとお祈りをしていたら、ヘブライ語の歌の歌詞ができました。第二歴代誌20:22から取りました。意味は「私たちが歌う時、何かが始まる。私たちが喜ぶ時、主の奇跡が起こる。喜びの声を上げよ。主に賛美の声を上げよ」です。
変なヘブライ語かもしれません。^^
どちらにしても、主にご栄光を返します!!
間違いをどなたか直してくださいますように。そして、締切に間に合って曲が与えられますように....。
いつもお世話になっている日系の定食屋さんに、先日作成した「日本の児童養護施設設立のための寄付のお願い」のパンフレットを10部持って行きました。
久しぶりだねぇ~と言われてしまいました。
そして、以前も投稿した伝道所カフェに行きました。少しナマッていたポルトガル語も少しブラッシュ・アップされたか? どうかはわかりませんが、いろいろ話を聞いていただいて、解放された感じです。
昨日の夜、真夜中に目が覚めてしまい、ずっとお祈りをしていたら、ヘブライ語の歌の歌詞ができました。第二歴代誌20:22から取りました。意味は「私たちが歌う時、何かが始まる。私たちが喜ぶ時、主の奇跡が起こる。喜びの声を上げよ。主に賛美の声を上げよ」です。
変なヘブライ語かもしれません。^^
どちらにしても、主にご栄光を返します!!
間違いをどなたか直してくださいますように。そして、締切に間に合って曲が与えられますように....。
PS
כאשר אנו שרים, משהו מתחיל
כאשר אנו שמחים, הנס של אדוני מתרחש
אנא הרם את הקול ברינה
אנא הרם את הקול בתהלה לאדוני
かあしぇる あぬ しりむ
ましゅふ まとひる
かあしぇる あぬ すめひむ
はねす しぇる あどない みとらへしゅ
あな はれむ えと はこる べりな
あな はれむ えと はこる べてひら れあどない
כאשר אנו שרים, משהו מתחיל
כאשר אנו שמחים, הנס של אדוני מתרחש
אנא הרם את הקול ברינה
אנא הרם את הקול בתהלה לאדוני
כאשר אנו שמחים, הנס של אדוני מתרחש
אנא הרם את הקול ברינה
אנא הרם את הקול בתהלה לאדוני
かあしぇる あぬ しりむ
ましゅふ まとひる
かあしぇる あぬ すめひむ
はねす しぇる あどない みとらへしゅ
あな はれむ えと はこる べりな
あな はれむ えと はこる べてひら れあどない
2013年8月16日金曜日
クリスチャンになった時の体験談を話しました!
*写真を追加しました。
こんにちは、エパタです。
朝、私が住んでいる家の大家さんが電話をくださり、お昼ご飯に誘ってくださいました。
その帰り道、彼女が「あなたはどうやって今の教会に行くようになったの?」と質問してくださいました。そこで、高校生の時の悩みから始めて、東京で下宿生活をしている時に今の主の十字架クリスチャンセンターの方からイエス・キリストの話を聞き、夜明け頃十字架による罪の赦しを受け入れて、悔い改めの祈りをしてイエス・キリストを信じる祈りをしたことを話すことができました。と~ても緊張しました。
また、私はどうしてか、彼女は日本語を読むのが好きでないという思い込みがあって、教会の出版物を渡さなかったのですが、彼女が「日本語の本を読むのが好き」と言うので、家にあった「み声新聞」を贈呈させていただきました。
このような機会を与えてくださった主イエス様にご栄光をお返しします!
こんにちは、エパタです。
朝、私が住んでいる家の大家さんが電話をくださり、お昼ご飯に誘ってくださいました。
その帰り道、彼女が「あなたはどうやって今の教会に行くようになったの?」と質問してくださいました。そこで、高校生の時の悩みから始めて、東京で下宿生活をしている時に今の主の十字架クリスチャンセンターの方からイエス・キリストの話を聞き、夜明け頃十字架による罪の赦しを受け入れて、悔い改めの祈りをしてイエス・キリストを信じる祈りをしたことを話すことができました。と~ても緊張しました。
また、私はどうしてか、彼女は日本語を読むのが好きでないという思い込みがあって、教会の出版物を渡さなかったのですが、彼女が「日本語の本を読むのが好き」と言うので、家にあった「み声新聞」を贈呈させていただきました。
このような機会を与えてくださった主イエス様にご栄光をお返しします!
2013年8月12日月曜日
シオンの丘とダビデの町について(訂正)
こんにちは、エパタです。
先日はシオンの丘とダビデの町が同じだったという趣旨でブログを書いてしまいましたが、後日地図を見ていたら、ちょっとずれていることがわかりました。
私は地図を見ているのが大好きなのですが、イスラエルの地図はどれだけ見ていても飽きません。
先日ブログの中で紹介した聖書に出てくる「ダビデの階段」(ネヘミヤ記など)と思われる遺跡や「シロアムの池」と思われる遺跡は、緑色で囲った「ダビデの町」の中にあります。いわゆる東エルサレムに位置し、現在の名前はシルワンというアラブ人地域です。
最後の晩餐の間がある教会などの歴史的建造物があるシオンの丘は、オレンジ色で囲った地域です。聖書でいう「シオン」と現在使われている地名が同じかどうかはわかりませんが、一応近いが同一ではなかったことがわかりましたので、ご報告します。
ついでにわかったのは、エルサレムの管理についての線が白い点線で、シオンの丘は問題なく左側のイスラエルの管理下にありますが、その右側にあるダビデの町は考古学的に重要な地域で、イスラエルとアラブとが管理の権利を主張し合っている地域だそうです。
先日はシオンの丘とダビデの町が同じだったという趣旨でブログを書いてしまいましたが、後日地図を見ていたら、ちょっとずれていることがわかりました。
私は地図を見ているのが大好きなのですが、イスラエルの地図はどれだけ見ていても飽きません。
先日ブログの中で紹介した聖書に出てくる「ダビデの階段」(ネヘミヤ記など)と思われる遺跡や「シロアムの池」と思われる遺跡は、緑色で囲った「ダビデの町」の中にあります。いわゆる東エルサレムに位置し、現在の名前はシルワンというアラブ人地域です。
最後の晩餐の間がある教会などの歴史的建造物があるシオンの丘は、オレンジ色で囲った地域です。聖書でいう「シオン」と現在使われている地名が同じかどうかはわかりませんが、一応近いが同一ではなかったことがわかりましたので、ご報告します。
ついでにわかったのは、エルサレムの管理についての線が白い点線で、シオンの丘は問題なく左側のイスラエルの管理下にありますが、その右側にあるダビデの町は考古学的に重要な地域で、イスラエルとアラブとが管理の権利を主張し合っている地域だそうです。
2013年7月31日水曜日
ツィッターを追加しました
こんにちは、エパタです。
プロフィールに私の個人的ツィッターを追加しました。また後で復習できるように、メモを書いておきたいと思います。
メモ
画像を張り付けて、ツィッターをリンクするには。
<a href="(ここにリンクするアドレスを入れる)"><img src="(ここに画像のアドレスを入れる)" alt="(ここに画像の説明を入れる)" width="50" height="50"></a>
別ウィンドウで開く場合は、リンクするアドレスの後ろに以下を入れる。
target="_blank"
画像に枠を付ける(シンプル、3ピクセル、白)場合は、サイズの後ろに枠の種類、サイズと色を入れる。
style="border:solid 3px #FFFFFF"
プロフィールに私の個人的ツィッターを追加しました。また後で復習できるように、メモを書いておきたいと思います。
メモ
画像を張り付けて、ツィッターをリンクするには。
<a href="(ここにリンクするアドレスを入れる)"><img src="(ここに画像のアドレスを入れる)" alt="(ここに画像の説明を入れる)" width="50" height="50"></a>
別ウィンドウで開く場合は、リンクするアドレスの後ろに以下を入れる。
target="_blank"
画像に枠を付ける(シンプル、3ピクセル、白)場合は、サイズの後ろに枠の種類、サイズと色を入れる。
style="border:solid 3px #FFFFFF"
2013年7月28日日曜日
コレ、いい~(追記の追記)
こんばんは、エパタです。
前回、前々回に書かせていただいた聖書朗読アプリのレビューの続きです。
まず、日本語アプリはその後も探しましたが、他にないので、今のところ一番気に入っているのは、「日本語聖書」。これには難点もあって、音声を自動的につぎ合わせたようで、音読みの仕方が間違っていたりします。
たとえば、「主」は神様のことで「しゅ」と読むところ、「おも」と読んでいたり。「万軍の主」が「よろずぐんのしゅ」であったりで、多少違和感は感じますが、機械的な音のほうが、私的には、長時間聞いているためには聞きやすいと思いました。
そして、英語です。
まず、新約聖書の朗読はよりどり緑なのですが、旧約の朗読は非常に少ない。(無料の場合です)
前々回にご紹介した「SpokenWord Audio Bible」なのですが、日本語で「主」の箇所がすべて「ヤーウェ」となっていて、最初は気にならなかったのが、だんだん耳につくようになり、他のアプリを探しました。
そこで見つけたのが「Bible Is」のアプリでした。これは「主」のところが「Lord」で良いなぁと思って聞いていたのですが、時々聞き取りにくいのです。なんと動詞が旧式で「~th」がついていたのでした。それでまた他のアプリを探しました。
それで見つけたのは、「日本語聖書」の英語バージョンで、「英語聖經」というもの。中国製(?)かで、使い方が中国語(?)らしいのでその点は使いにくいかもしれないのですが、聞こえてくる英語自体は今までで一番気に入ったアプリです。
長々と書いてしまいましたが、おススメで~す。
前回、前々回に書かせていただいた聖書朗読アプリのレビューの続きです。
まず、日本語アプリはその後も探しましたが、他にないので、今のところ一番気に入っているのは、「日本語聖書」。これには難点もあって、音声を自動的につぎ合わせたようで、音読みの仕方が間違っていたりします。
たとえば、「主」は神様のことで「しゅ」と読むところ、「おも」と読んでいたり。「万軍の主」が「よろずぐんのしゅ」であったりで、多少違和感は感じますが、機械的な音のほうが、私的には、長時間聞いているためには聞きやすいと思いました。
そして、英語です。
まず、新約聖書の朗読はよりどり緑なのですが、旧約の朗読は非常に少ない。(無料の場合です)
前々回にご紹介した「SpokenWord Audio Bible」なのですが、日本語で「主」の箇所がすべて「ヤーウェ」となっていて、最初は気にならなかったのが、だんだん耳につくようになり、他のアプリを探しました。
そこで見つけたのが「Bible Is」のアプリでした。これは「主」のところが「Lord」で良いなぁと思って聞いていたのですが、時々聞き取りにくいのです。なんと動詞が旧式で「~th」がついていたのでした。それでまた他のアプリを探しました。
それで見つけたのは、「日本語聖書」の英語バージョンで、「英語聖經」というもの。中国製(?)かで、使い方が中国語(?)らしいのでその点は使いにくいかもしれないのですが、聞こえてくる英語自体は今までで一番気に入ったアプリです。
長々と書いてしまいましたが、おススメで~す。
2013年7月26日金曜日
コレ、いい〜 (追記)
こんばんは、エパタです。
日本語の聖書朗読アプリも見つけました!
日本語は「日本語聖書」で検索すると、見つかります。
ポルトガル語の聖書朗読アプリは今のところ知りません。見つけたら、教えてください!
ポルトガル語の聖書朗読アプリは今のところ知りません。見つけたら、教えてください!
ついでに!
なんとヘブライ語の新約聖書朗読を見つけてしまいました。ツボにはまり中。
Bibile Is というシリーズの中にいろいろな言語の朗読があり、ヘブライ語もありました。旧約の朗読は残念ながらありませんでした。イエス様が話された言葉がアラム語で、ヘブライ語はアラム語と非常に似ていたそうなので、ほぼイエス様が言った言葉で聞けます。
Good day 〜💝
コレ、いい〜
こんにちは、エパタです。
私は日課で聖書を毎日少しずつ読んでいます。
大変な時期もありましたが、このごろだいぶ慣れてきました。
慣れると、怠け心が...。
読むと目が疲れるので、聞くことにしました(^^)。
アプリを探しましたが、日本語もポルトガル語もありません。(知っている方教えてください)
とりあえず、英語で。ヒアリングの訓練にもなります。
2013年7月23日火曜日
「雲の間にある虹8月号」が届きました
こんばんは、エパタです。
私が原稿を書かせていただいた「雲の間にある虹8月号」が届きました。出版社の皆様ありがとうございます。
また、原稿を書くために題材にさせていただいたアルファさんに、メールにてポルトガル語訳をお送りしました。ご協力を感謝いたします。見本も贈呈として郵送させていただきました。
2013年7月22日月曜日
癒しのために祈ってきました
こんばんは、エパタです。
近所に住む日系人のOさんの家の前を通ったときに、ちょうどOさんが家の前におられました。そして、娘さんのために癒されるよう、お祈りをしてくることができました。
主がOさんに触れ続けてくださいますように。
近所に住む日系人のOさんの家の前を通ったときに、ちょうどOさんが家の前におられました。そして、娘さんのために癒されるよう、お祈りをしてくることができました。
主がOさんに触れ続けてくださいますように。
2013年7月16日火曜日
偵察
こんばんは、エパタです。
以前アラサトゥーバ市の地図を見ながら、主の導きのある場所へ行く(「足で踏む所は与える」とのヨシュア記の御言葉から)ことをやっていたのですが、しばらく止まっていました。この頃またそれをやるように主が導いておられることを感じました。
以前地図で見て行ってきた通りを最近通る機会があったので、ちらっと見たら、日系のオーナーのインターネットカフェがなくなっていて、他の建物になっていました。そのネットカフェには、英語版のミッション誌を渡して、「宣教師です」と言ったら、とても良い当たりだったので、残念です。
今回は、その建物の近辺から再スタートすることにしました。御言葉は「足で踏む」なので、行くこと自体が目的ですが、み声新聞と英語版のミッション誌を持って、自転車で出かけました。
その建物はよーっく見ると、子供のパーティー用貸会場になってカラフルに塗られていました。
その通りの一本奥まった通りに入って、自転車でしばらく徘徊していると、大きなスーパーがありました。スーパーを見学するのは、私の趣味でもあるので、駐車場にとめて、中に入りました。荷物預り所のところに日系人の中年の男性がいたので、「すいません」と声をかけると「はい」と日本語で返事が返ってきました。そこでさっそく持ってきたみ声新聞を差し上げました。「私は宣教師です」と言って、英語版のミッション誌も差し上げました。さらに「イエス・キリストは私たちの罪のために十字架にかかって死んでくださいました。このことを信じますか」と言うと、「はい、信じます」と言っておられました。この方に主が働きかけ続けてくださいますように。
スーパーの感じは、私はいつも行っているスーパーと比べて、ずいぶん高めでした。このスーパーを利用している人々はかなり生活水準高めと思われます。その中でもサービス品だった粉石けんとヘーゼルナッツ入りチョコレートを買って出てきました。駐車場のところで、私の自転車の後ろにビシーッとバイクをとめられて、出ようがなく困っていると、通りがかりの男性がバイクを一台動かして通り道をつくってくださいました。古き良きブラジルがまだ残っているのを見て、心より感謝しました。
新しい所に足を踏み入れ、さらに福音を語ることまででき、非常に解放感を感じることができました。また次の導きがあるように祈っています。すべての栄光を主イエス・キリストにお返しします!
以前アラサトゥーバ市の地図を見ながら、主の導きのある場所へ行く(「足で踏む所は与える」とのヨシュア記の御言葉から)ことをやっていたのですが、しばらく止まっていました。この頃またそれをやるように主が導いておられることを感じました。
以前地図で見て行ってきた通りを最近通る機会があったので、ちらっと見たら、日系のオーナーのインターネットカフェがなくなっていて、他の建物になっていました。そのネットカフェには、英語版のミッション誌を渡して、「宣教師です」と言ったら、とても良い当たりだったので、残念です。
今回は、その建物の近辺から再スタートすることにしました。御言葉は「足で踏む」なので、行くこと自体が目的ですが、み声新聞と英語版のミッション誌を持って、自転車で出かけました。
その建物はよーっく見ると、子供のパーティー用貸会場になってカラフルに塗られていました。
その通りの一本奥まった通りに入って、自転車でしばらく徘徊していると、大きなスーパーがありました。スーパーを見学するのは、私の趣味でもあるので、駐車場にとめて、中に入りました。荷物預り所のところに日系人の中年の男性がいたので、「すいません」と声をかけると「はい」と日本語で返事が返ってきました。そこでさっそく持ってきたみ声新聞を差し上げました。「私は宣教師です」と言って、英語版のミッション誌も差し上げました。さらに「イエス・キリストは私たちの罪のために十字架にかかって死んでくださいました。このことを信じますか」と言うと、「はい、信じます」と言っておられました。この方に主が働きかけ続けてくださいますように。
スーパーの感じは、私はいつも行っているスーパーと比べて、ずいぶん高めでした。このスーパーを利用している人々はかなり生活水準高めと思われます。その中でもサービス品だった粉石けんとヘーゼルナッツ入りチョコレートを買って出てきました。駐車場のところで、私の自転車の後ろにビシーッとバイクをとめられて、出ようがなく困っていると、通りがかりの男性がバイクを一台動かして通り道をつくってくださいました。古き良きブラジルがまだ残っているのを見て、心より感謝しました。
新しい所に足を踏み入れ、さらに福音を語ることまででき、非常に解放感を感じることができました。また次の導きがあるように祈っています。すべての栄光を主イエス・キリストにお返しします!
2013年7月10日水曜日
O meu encontro com Jesus (with English translation)
どのようにイエス・キリストを信じるようになったかをお話しします。
私の身近には教会もなく、クリスチャンもいませんでした。私の家には大きな仏壇があり、小さい頃、母が「嘘をつくと、地獄の大王が舌を抜かれるんだよ~」と言っていました。死んだら何が起こるんだろうと思うと恐ろしかったです。
高校の時、ある先生がその疑問を解いてくれました。先生は共産主義思想について話してくれました。人間は物質と同じで、死ねば命は終わる。何もかも終わると。それで私の死んだらどうなるかという恐れはなくなりました。しかし、別の疑問が湧いてきました。それなら、なぜ生きるのか? 大きな虚しさを感じました。
ある時私は一人のクリスチャンに出会いました。彼女は「神様はいる。私たちの祈りを聞いてくださり、語ってくださる」と言いました。初めてそのような話を聞きました。私にとって神とは、天地を創造したかもしれないか、どこか遠くへ行ってしまった存在でした。イエス・キリストを受け入れませんか? と誘ってくれました。私はイエス・キリストを心に受け入れる祈りをしました。明け方5時ごろでした。
それから教会に通うようになりました。牧師が説教の中で言っていました。「私たちそれぞれに神様は人生の計画を持っておられます。私に対する計画は何ですかと祈り求めました。聖書のイザヤ書43:19-21から語ってくださいました。そして、「ブラジルへ行きます」と語ってくださいました。
その後、教会に来ていた女性がブラジル人男性と結婚されました。そのブラジル人の教会に私たたちの教会の牧師が招待されました。牧師がブラジルに行くことになり、18人の短期チームを結成し、私もその一員になりました。
ブラジル人の教会の一人のメンバーが私の教会の話を聞いて、ブラジルでの働きを協力したいと申し出てくださり、私はブラジルに残ることになりました。その後、ブラジルの永住権も取得して、いまもブラジルに住んでいます。イエス・キリストをほめたたえます。
Olá, a Epata está escrevendo.
Eu nunca tinha visto um cristão no meu redor e não tinha alguma igreja perto da minha casa no Japão. Na minha casa, tinha um altar budismo grande e a minha mãe dizia sempre se a gente mentir, o rei do abismo vai arrancar a lingua da gente. Eu ficava com medo de altar e com o que ia acontecer quando eu morrer.
No colégio, tinha um professor que resolveu esse dúvida. Ele falava sobre um pensamento comunismo. Eles acham que seres humanos são iguais à materiais e quando a vida da gente acabar, acaba tudo. Com essa explicação, o meu medo sobre a morte, acabou.
Acabou o medo, mas a outra dúvida subiu na minha mente. Então, se acaba tudo, para que eu vivo nessa vida? O que é o objetivo da minha vida? Aí, eu tinha um buraco profundo no meu coração.
Depois eu encontrei com uma moça que era cristã. Ela falou, "Deus existe. Ele ouve as nossas oraçõese ele nos fala." Era primeira vez que ouvi isso. Para mim, Deus, pode estar criando a terra, mas abandonou e foi embora longe. Naquela hora ela me convidou para aceitar Jesus como o meu salvador e Senhor. Eu o aceitei. Nos estavamos conversando bastante e esquecemos a hora. Era cinco horas da manhã.
Comecei a frequentar à igreja. Nas mensagens da igreja, o pastor falava assim, "Deus tem um plano para cada um de nos." Então, comecei a buscar a Deus para saber qual era para mim. Deus falou para mim através de Isaias 43:18-21. "Eu te enviarei ao Brasil." Aí, uma moça da igreja se casou com um brasileiro. Eles planejaram a ir ao Brasil. O brasileiro conhecia muitas igrejas e entrou em contato com os pastores para nos convidar a pregar nas igrejas. Naqueles dias eu assisti um video sobre o Brasil, o país que tem um horizonte maravilhoso. Eu entendi que a palavra de Isaias realmente dizia sobre o Brasil.
Uma equipe com 18 pessoas chegou ao Brasil em primeira vez na história da nossa igreja. Aí então, eu vim com eles. Desde então, fiquei no Brasil e agora consegui o visto permanente. Eu fico muito feliz vendo Deus realmente fez o que ele falou. Dou toda honra e glória somente ao Senhor Jesus.
I want to share with you how I met Jesus. I had never seen a Christian in my surroundings and had a church near my home in Japan. In my house, there were a large Buddhist altar. My mother always said if we lie, the king of the abyss would take away the tongue of those who lie. I was afraid of the altar and what was going to happen when I die. In high school, I met a teacher who solved this question. He talked about a thought communism. They think human beings are equal to materials and when one's life is over, it will be all over. With this explanation, my fear of death ended. My fear ended, but another question came to my mind. So if it's all over, why I live this life? What is the purpose of my life? Then I felt a deep hole in my heart. Then I met a girl who was Christian. She said, "God exists. He hears our prayers and he talks with us." It was the first time I heard it. For me, God, may be creating the earth, but left and went away. At that time she invited me to accept Jesus as my Savior and Lord. I accepted. We were just talking a lot and forget the time. It was five o'clock in the morning. I started going to church. In the message of the church, the pastor spoke, "God has a plan for each one of us." So I began to seek God to know what was for me. God spoke to me through Isaiah 43:18-21. And I received a profecy that said, "I will send you to Brazil." Then, a lady in the church married a Brazilian. They planned to go to Brazil. He knew many churches and came into contact with the pastors to invite us to speak in their churches. In those days I watched a video about Brazil, the country that has a wonderful skyline. I really understand that the word of Isaiah could be saying about Brazil. A team of 18 people arrived in Brazil at the first time in the history of our church. So then I came up with them. Since then, I could stay in Brazil and now get a permanent visa. I am very happy seeing God did what he said. I give all honor and glory to the Lord Jesus only.
私の身近には教会もなく、クリスチャンもいませんでした。私の家には大きな仏壇があり、小さい頃、母が「嘘をつくと、地獄の大王が舌を抜かれるんだよ~」と言っていました。死んだら何が起こるんだろうと思うと恐ろしかったです。
高校の時、ある先生がその疑問を解いてくれました。先生は共産主義思想について話してくれました。人間は物質と同じで、死ねば命は終わる。何もかも終わると。それで私の死んだらどうなるかという恐れはなくなりました。しかし、別の疑問が湧いてきました。それなら、なぜ生きるのか? 大きな虚しさを感じました。
ある時私は一人のクリスチャンに出会いました。彼女は「神様はいる。私たちの祈りを聞いてくださり、語ってくださる」と言いました。初めてそのような話を聞きました。私にとって神とは、天地を創造したかもしれないか、どこか遠くへ行ってしまった存在でした。イエス・キリストを受け入れませんか? と誘ってくれました。私はイエス・キリストを心に受け入れる祈りをしました。明け方5時ごろでした。
それから教会に通うようになりました。牧師が説教の中で言っていました。「私たちそれぞれに神様は人生の計画を持っておられます。私に対する計画は何ですかと祈り求めました。聖書のイザヤ書43:19-21から語ってくださいました。そして、「ブラジルへ行きます」と語ってくださいました。
その後、教会に来ていた女性がブラジル人男性と結婚されました。そのブラジル人の教会に私たたちの教会の牧師が招待されました。牧師がブラジルに行くことになり、18人の短期チームを結成し、私もその一員になりました。
ブラジル人の教会の一人のメンバーが私の教会の話を聞いて、ブラジルでの働きを協力したいと申し出てくださり、私はブラジルに残ることになりました。その後、ブラジルの永住権も取得して、いまもブラジルに住んでいます。イエス・キリストをほめたたえます。
Olá, a Epata está escrevendo.
I want to share with you how I met Jesus. I had never seen a Christian in my surroundings and had a church near my home in Japan. In my house, there were a large Buddhist altar. My mother always said if we lie, the king of the abyss would take away the tongue of those who lie. I was afraid of the altar and what was going to happen when I die. In high school, I met a teacher who solved this question. He talked about a thought communism. They think human beings are equal to materials and when one's life is over, it will be all over. With this explanation, my fear of death ended. My fear ended, but another question came to my mind. So if it's all over, why I live this life? What is the purpose of my life? Then I felt a deep hole in my heart. Then I met a girl who was Christian. She said, "God exists. He hears our prayers and he talks with us." It was the first time I heard it. For me, God, may be creating the earth, but left and went away. At that time she invited me to accept Jesus as my Savior and Lord. I accepted. We were just talking a lot and forget the time. It was five o'clock in the morning. I started going to church. In the message of the church, the pastor spoke, "God has a plan for each one of us." So I began to seek God to know what was for me. God spoke to me through Isaiah 43:18-21. And I received a profecy that said, "I will send you to Brazil." Then, a lady in the church married a Brazilian. They planned to go to Brazil. He knew many churches and came into contact with the pastors to invite us to speak in their churches. In those days I watched a video about Brazil, the country that has a wonderful skyline. I really understand that the word of Isaiah could be saying about Brazil. A team of 18 people arrived in Brazil at the first time in the history of our church. So then I came up with them. Since then, I could stay in Brazil and now get a permanent visa. I am very happy seeing God did what he said. I give all honor and glory to the Lord Jesus only.
לברזיל
אני יפנית ואני גרה בברזיל. אני רוצה לספר איך ישוע הוביל אותי לכאן.
תהיתי מדוע נולדתי ומה היתה המטרת החיי. לאחר מכן פגשתי נוצרית שסיפר לי, "אלוהים הוא חי. הוא מקשיב לתפילות שלנו מדבר אלינו." בשבילי "אלוהים" יכול להיות קיים וברא את הארץ, אבל הוא הלך למקום אחר. אז, חשבתי, "אם אלוהים קיים ויצר אותי, אולי יש לו איזה שהיא מטרה לחיי.
ואני קיבלתי את ישוע. מצאתי עבודה בחברת פרסום. זה היה מאוד כיף,אבל מה שבאמת רציתי היה לעבוד בחו"ל.אז התפללתי לישו (אני נהגתי להקשיב לו מבלי להבין את המשמעות). אז, מתפילתי עליו. הוא ענה לי ואמר, "את תלכי לברזיל." לא היה לי שום חברים הברזילאים. מה שידעתי על ברזיל היה רק הכדורגל הברזילאי,תפוחי אדמה ו קנה של סוכר. אחר כך ניסיתי לחפש על ברזיל. קניתי ספר עם קלטת בשביל ללמוד פורטוגזית ברזילאית. נהגתי להאזין לו בלי לדעת את המשמעות.
יום שכזה, היה לי חלום. בחלום הילדים היו סביבי אומרים משהו. הם נראו מתפללים. אחד מהם אמר, "אני יכול לראות את האור שבעיר הרחוקה." ואז התעוררתי. אדם הראשון שפגשתי בבית אחרי אותו חלום הייתה ילדה שראיתי בחלומי. זכרתי שהיא גרה בפריפקטורה של קאנאגאווה, כך שהיה לה קשה לבוא לכנסייה בטוקיו. כשפגשתי אותה, הרגשתי הרגשה מוזרה. אבל לא אמרתי לה, "אה, היית בחלומי קצת לפני."באותו הזמן, שירות הפולחן בכנסייה נערך בתחנת קוקבונגי על חלקו העליון של הבניין. אפשר לראות דרך המעליות הביניין, הנוף היה נראה טוב. כאשר הסתכלתי החוצה, מאחורי נכנסה קבוצת ילדים, אחד מהם אמר, "אה, אני רואה את האור שבעיר הרחוקה".
תהיתי מדוע נולדתי ומה היתה המטרת החיי. לאחר מכן פגשתי נוצרית שסיפר לי, "אלוהים הוא חי. הוא מקשיב לתפילות שלנו מדבר אלינו." בשבילי "אלוהים" יכול להיות קיים וברא את הארץ, אבל הוא הלך למקום אחר. אז, חשבתי, "אם אלוהים קיים ויצר אותי, אולי יש לו איזה שהיא מטרה לחיי.
ואני קיבלתי את ישוע. מצאתי עבודה בחברת פרסום. זה היה מאוד כיף,אבל מה שבאמת רציתי היה לעבוד בחו"ל.אז התפללתי לישו (אני נהגתי להקשיב לו מבלי להבין את המשמעות). אז, מתפילתי עליו. הוא ענה לי ואמר, "את תלכי לברזיל." לא היה לי שום חברים הברזילאים. מה שידעתי על ברזיל היה רק הכדורגל הברזילאי,תפוחי אדמה ו קנה של סוכר. אחר כך ניסיתי לחפש על ברזיל. קניתי ספר עם קלטת בשביל ללמוד פורטוגזית ברזילאית. נהגתי להאזין לו בלי לדעת את המשמעות.
יום שכזה, היה לי חלום. בחלום הילדים היו סביבי אומרים משהו. הם נראו מתפללים. אחד מהם אמר, "אני יכול לראות את האור שבעיר הרחוקה." ואז התעוררתי. אדם הראשון שפגשתי בבית אחרי אותו חלום הייתה ילדה שראיתי בחלומי. זכרתי שהיא גרה בפריפקטורה של קאנאגאווה, כך שהיה לה קשה לבוא לכנסייה בטוקיו. כשפגשתי אותה, הרגשתי הרגשה מוזרה. אבל לא אמרתי לה, "אה, היית בחלומי קצת לפני."באותו הזמן, שירות הפולחן בכנסייה נערך בתחנת קוקבונגי על חלקו העליון של הבניין. אפשר לראות דרך המעליות הביניין, הנוף היה נראה טוב. כאשר הסתכלתי החוצה, מאחורי נכנסה קבוצת ילדים, אחד מהם אמר, "אה, אני רואה את האור שבעיר הרחוקה".
באותו זמן, נזכרתי שזה היה על אותן מילים, ששמעתי בחלומי. אפילו בעת קריאת התנ"ך, אני התרשמתי על ידי מילים כמו, "מוביל למקום גדול" או "לחיות שם".
בטלוויזיה, תוכנית תיעודית דיברה על ברזיל. אני גיליתי כי ברזיל היתה מרווחת מאוד בארץ כי יש לה אופק אינסופי. ופגשתי אנשים הברזילאים רבים.
יום אחד הצטרפתי לסיור בכנסייה לישראל. כאשר הסיור נגמר, עזבנו דרך נמל התעופה בתל אביב. ההינו קבוצה של 53 יפנים ולפנינו הייתה קבוצה של 38 ברזילאים. כל הברזילאים לבשו חולצות טריקו בעל הדפס של דגל משולב של ישראל ושל ברזיל.
ואז, פתאום, אחת הנשים של הכנסייה שלנו התחתן עם ברזילאי. והם החליטו לנסוע לברזיל להכרזת על נישואיהם. אחת המנהלי הכנסייה אשר הברזילאי היה חברו הזמין כומר שלנו. הוא בנה קבוצה של 18 איש לסיור. אני גם הצטרפתי אליהם. כאשר התאריך הגיע, אני חששתי כי "אולי אני לא יוכל לחזור ליפן." אז, התחלתי להשליך דברים משותפים כדאי לעזוב את יפן ללא כל חששות עליהם. לוח הזמנים היה אמור להיות בברזיל כשבועיים. אבל, בנו של מנהל הכנסייה שהזמין אותנו, שמע על הכנסייה שלנו, הוא החליט לעזור לנו. אני יכולתי לישאר עם משפחתו. הוא ידאג לאשרה קבע שלי. אז, אני יכול לקבל אשרה קבע בברזיל. אולם, זכרתי את האורות בשדה התעופה בסאו פאולו וגם הכביש היה חלש מאוד בתקופה ההיא. אבל עכשיו ברזיל מתפתחות.
אני מודה לאמיל שעזרה לי לכתוב את המאמר הזה
בטלוויזיה, תוכנית תיעודית דיברה על ברזיל. אני גיליתי כי ברזיל היתה מרווחת מאוד בארץ כי יש לה אופק אינסופי. ופגשתי אנשים הברזילאים רבים.
יום אחד הצטרפתי לסיור בכנסייה לישראל. כאשר הסיור נגמר, עזבנו דרך נמל התעופה בתל אביב. ההינו קבוצה של 53 יפנים ולפנינו הייתה קבוצה של 38 ברזילאים. כל הברזילאים לבשו חולצות טריקו בעל הדפס של דגל משולב של ישראל ושל ברזיל.
ואז, פתאום, אחת הנשים של הכנסייה שלנו התחתן עם ברזילאי. והם החליטו לנסוע לברזיל להכרזת על נישואיהם. אחת המנהלי הכנסייה אשר הברזילאי היה חברו הזמין כומר שלנו. הוא בנה קבוצה של 18 איש לסיור. אני גם הצטרפתי אליהם. כאשר התאריך הגיע, אני חששתי כי "אולי אני לא יוכל לחזור ליפן." אז, התחלתי להשליך דברים משותפים כדאי לעזוב את יפן ללא כל חששות עליהם. לוח הזמנים היה אמור להיות בברזיל כשבועיים. אבל, בנו של מנהל הכנסייה שהזמין אותנו, שמע על הכנסייה שלנו, הוא החליט לעזור לנו. אני יכולתי לישאר עם משפחתו. הוא ידאג לאשרה קבע שלי. אז, אני יכול לקבל אשרה קבע בברזיל. אולם, זכרתי את האורות בשדה התעופה בסאו פאולו וגם הכביש היה חלש מאוד בתקופה ההיא. אבל עכשיו ברזיל מתפתחות.
אני מודה לאמיל שעזרה לי לכתוב את המאמר הזה
2013年7月7日日曜日
ポルトガル語の訂正がありました
こんばんは、エパタです。
先日書きました「白馬キャンプに誘いました」の記事のポルトガル語に間違いがありました。ブログを読んでくださっているブラジル人の方が訂正をメールにて教えてくださいました。感謝いたします。訂正文を赤文字で記してありますので、ご参照ください。
Olá! A Epata está escrevendo. Recebi um e-mail com a correção do texto que escrevi no artigo anterior. Muito obrigada!! Mande mais mensagens com o formulário abaixo. (1o quadro/ o nome, 2o quadro/ endereço elétrônico repetindo 2 vezes, 3o quadro/ a sua mensagem) Grata!!
先日書きました「白馬キャンプに誘いました」の記事のポルトガル語に間違いがありました。ブログを読んでくださっているブラジル人の方が訂正をメールにて教えてくださいました。感謝いたします。訂正文を赤文字で記してありますので、ご参照ください。
Olá! A Epata está escrevendo. Recebi um e-mail com a correção do texto que escrevi no artigo anterior. Muito obrigada!! Mande mais mensagens com o formulário abaixo. (1o quadro/ o nome, 2o quadro/ endereço elétrônico repetindo 2 vezes, 3o quadro/ a sua mensagem) Grata!!
2013年7月1日月曜日
なぜか⁈ 直った(^^)
こんばんは、エパタです。
サッカーブラジル代表コンフェデ杯優勝おめでとうございます!
サッカーブラジル代表コンフェデ杯優勝おめでとうございます!
さて、このアイフォン持つ前に使っていた中国製の携帯電話。チップ比べで中にいろいろな会社のチップを入れていたら、使えていたWi-Fi 経由のブラウザが使えなくなり、しばらく放置して置きました。今日ふとまたトライしてみたら、使えるようになった‼
ブログをパッと見るには便利だったので、使えなくなり、とても不便でした。
ある日本語のブログで、ブラジル人の問題解決の仕方の中に、「いろいろやってダメなら、放置する。そのうち解決する」というのがあって、なるほど確かにそうだなと思ったことがあったのですが、今回はブラジル式で解決しました。感謝しま〜す!
ブログをパッと見るには便利だったので、使えなくなり、とても不便でした。
ある日本語のブログで、ブラジル人の問題解決の仕方の中に、「いろいろやってダメなら、放置する。そのうち解決する」というのがあって、なるほど確かにそうだなと思ったことがあったのですが、今回はブラジル式で解決しました。感謝しま〜す!
2013年6月24日月曜日
W杯ブラジル大会情報・その2
こんにちは、エパタです。
コンフェデ杯日本代表は負けてしまって残念です。いま私は「ブラジルに住んでいながら日本を応援するとは、裏切り者!」とのことで、「ブラジル人にはブラジル人のように」ブラジル人に右へならえで、スペイン・ナイジェリア戦を見ています。近所中からテレビを見ている音が聞こえてきます。
私のようにテレビがない人には、インターネットで見るというワザがあります。
ブラジルはこの試合の勝者と水曜日に対戦するそうです。
サッカーのポルトガル語は特殊用語があり、しかも速くて聞き取りにくいですが、聞き流しのヒヤリングの訓練には良いですよ♪♪
コンフェデ杯日本代表は負けてしまって残念です。いま私は「ブラジルに住んでいながら日本を応援するとは、裏切り者!」とのことで、「ブラジル人にはブラジル人のように」ブラジル人に右へならえで、スペイン・ナイジェリア戦を見ています。近所中からテレビを見ている音が聞こえてきます。
私のようにテレビがない人には、インターネットで見るというワザがあります。
ブラジルはこの試合の勝者と水曜日に対戦するそうです。
サッカーのポルトガル語は特殊用語があり、しかも速くて聞き取りにくいですが、聞き流しのヒヤリングの訓練には良いですよ♪♪
2013年6月19日水曜日
2013年6月13日木曜日
W杯ブラジル大会情報・その1
おはようございます、エパタです。
先日はW杯ブラジル大会に向けて、バックパッカーに魅力的な都市リオデジャネイロをご紹介するシリーズを書こうと思ったのですが、W杯の試合すべてがリオデジャネイロで行われるわけではないことがやっとわかったので、W杯情報と分けてこちらもシリーズで書こうと思います。
まずはW杯の前に、コンフェデレーションカップというのが、行われるようです。なんとブラジルと対戦です。6月15日ブラジリアにて16:00より、です。日本語ではNHKが生中継をやるようです。インターネットだけでなく、テレビでやると思いますが...。ブラジル時間は非常にわかりやすく、日本の午前と午後を入れ替えればOK。ブラジルの午後4時は翌日(つまり16日の日曜日)の日本の明け方4時です。徹夜する必要はありません。少し早起きすればよいのです~。日本のチームはブラジルにとっても、気を抜けないチームです。私はネイマールくらいしか知らないのですが (^^;)。W杯に向けて戦略を練る意味でも、よく勉強したい試合です。
先日はW杯ブラジル大会に向けて、バックパッカーに魅力的な都市リオデジャネイロをご紹介するシリーズを書こうと思ったのですが、W杯の試合すべてがリオデジャネイロで行われるわけではないことがやっとわかったので、W杯情報と分けてこちらもシリーズで書こうと思います。
まずはW杯の前に、コンフェデレーションカップというのが、行われるようです。なんとブラジルと対戦です。6月15日ブラジリアにて16:00より、です。日本語ではNHKが生中継をやるようです。インターネットだけでなく、テレビでやると思いますが...。ブラジル時間は非常にわかりやすく、日本の午前と午後を入れ替えればOK。ブラジルの午後4時は翌日(つまり16日の日曜日)の日本の明け方4時です。徹夜する必要はありません。少し早起きすればよいのです~。日本のチームはブラジルにとっても、気を抜けないチームです。私はネイマールくらいしか知らないのですが (^^;)。W杯に向けて戦略を練る意味でも、よく勉強したい試合です。
2013年6月12日水曜日
2013年6月5日水曜日
リオデジャネイロの思い出(その1)
こんにちは、エパタです。
サッカー日本代表の来年のワールドカップ出場が決定しました。おめでとうございます!
ワールドカップの後、2016年にはオリンピック開催ということもあり、日本からブラジルへの多くの観光客が来られるでしょう。ブラジルはバックパック旅行者にとって、リスクはありますが、魅力的な国です。
私は以前、リオデジャネイロに住んでいました。最初はサンパウロに住んでいて、教会の用事で一か月に一度のペースで通っていたのですが、一時期リオデジャネイロに住んだこともありました。
私には「心のふるさと」と呼んでいる所があり、1にイスラエル、2にロサンゼルス、3番目がリオデジャネイロです。以前少しそれに関して書いたこともありましたが、これから一年間は「リオデジャネイロ」が話題となると思いますので、ブログアクセスアップのためにも(!)、思い出す所でつらつらと書いていきます。
(参考記事)
心のふるさとリオデジャネイロ
貧しい地域の児童支援施設を訪問
ブラジルの接続事情シリーズ
サッカー日本代表の来年のワールドカップ出場が決定しました。おめでとうございます!
ワールドカップの後、2016年にはオリンピック開催ということもあり、日本からブラジルへの多くの観光客が来られるでしょう。ブラジルはバックパック旅行者にとって、リスクはありますが、魅力的な国です。
私は以前、リオデジャネイロに住んでいました。最初はサンパウロに住んでいて、教会の用事で一か月に一度のペースで通っていたのですが、一時期リオデジャネイロに住んだこともありました。私には「心のふるさと」と呼んでいる所があり、1にイスラエル、2にロサンゼルス、3番目がリオデジャネイロです。以前少しそれに関して書いたこともありましたが、これから一年間は「リオデジャネイロ」が話題となると思いますので、ブログアクセスアップのためにも(!)、思い出す所でつらつらと書いていきます。
(参考記事)
心のふるさとリオデジャネイロ
貧しい地域の児童支援施設を訪問
ブラジルの接続事情シリーズ
2013年5月31日金曜日
母の腰の痛みがやわらいだ
こんばんは、エパタです。
母とスカイプで話し、祈ることができました。
そこで、2つの祈りの答えを見ることができました。
1つは母の腰が痛いことがあるとのことで、先週からその祈りの課題を祈り始めたのですが、今週は痛みを感じることなく過ごすことができたそうです。

2つ目は甥っ子たちの学校が過疎化で合併し、遠い所へ4月から通うようになったのですが、田舎者なので、良い友達ができるようにと祈っていました。すると、今月新しい住人が引っ越してきたそうで、楽しく学校に通っているのだそうです。「この頃いつもニコニコしている」そうです。
ハレルヤ! 主は祈りを聞かれます! 主にご栄光をお返しします‼
母とスカイプで話し、祈ることができました。
そこで、2つの祈りの答えを見ることができました。
1つは母の腰が痛いことがあるとのことで、先週からその祈りの課題を祈り始めたのですが、今週は痛みを感じることなく過ごすことができたそうです。

2つ目は甥っ子たちの学校が過疎化で合併し、遠い所へ4月から通うようになったのですが、田舎者なので、良い友達ができるようにと祈っていました。すると、今月新しい住人が引っ越してきたそうで、楽しく学校に通っているのだそうです。「この頃いつもニコニコしている」そうです。
ハレルヤ! 主は祈りを聞かれます! 主にご栄光をお返しします‼
右下の黄色い家が自宅です
2013年5月23日木曜日
ポルトガル語訳をお渡ししました
こんばんは、エパタです。
先日、サンパウロに旅行しておられたイェフダさんより帰宅されたとのお電話がありました。そこで、私がイェフダさんについて書かせていただいた記事が載った月刊誌「雲の間にある虹5月号」と記事のポルトガル語をお渡ししました。
たいへん喜んでくださり、イェフダさんが所属しておられるメシアニック・ジューの教会ノバ・アリアンサ(日本語では新しい契約の意味)のブラジル全国レベルの会合がクリチバで開催されるので、その時に月刊誌を持っていって、リーダーの方イシャイさんに見せると言っておられました。感謝します。
先日、サンパウロに旅行しておられたイェフダさんより帰宅されたとのお電話がありました。そこで、私がイェフダさんについて書かせていただいた記事が載った月刊誌「雲の間にある虹5月号」と記事のポルトガル語をお渡ししました。たいへん喜んでくださり、イェフダさんが所属しておられるメシアニック・ジューの教会ノバ・アリアンサ(日本語では新しい契約の意味)のブラジル全国レベルの会合がクリチバで開催されるので、その時に月刊誌を持っていって、リーダーの方イシャイさんに見せると言っておられました。感謝します。
2013年5月17日金曜日
ブラジルの法律その1- ウズカピアォン
こんにちは、エパタです。
私が初めてブラジルの土地を踏んだのは、1996年5月23日でした。ブラジルに暮らしてもう17年になろうとしています。
住めば住むほど、日本とブラジルは習慣や価値観に、ある場合は「正反対(ブラジル人によると)」と言われるほどの違いがあることを感じます。それがどこから来ているかと考える時に、やはり法律が違うので、おのずと価値観も違ってくるのだなと思われることがよくあります。そのブラジル人の価値観をつくり出しているのではないかと思う法律の一つに、ウズカピアォンという法律があります。日本語訳もあるようですが、いまここで書こうとしているのはブラジルの法律なので、混乱を避けるため、あえてリンクはしないことにします。基本的な考え方を知る上では、参考になると思います。
この法律は、どういう法律かと言いますと.....。たとえば、ある土地があり、空き家があるようです。もちろん他人の土地です。そこにある人が勝手に住み込み、1年たち、2年たちしますが、誰も何も文句を言ってきません。そこでその住み込んだ人が裁判所に、「これは私の土地です。X年O月から住んでいます。私の物であるとの宣言をお願いします」と文書を提出します。裁判所がそれを受け取り、その土地の所有者として登記所に登録されている名義人に対して、呼び出しをかけます。「これこれの者があなたの所有地について、自分の物であると申し立てているから、弁護しなさい」どの文書でもそうですが、裁判所の文書には期限があります。その期間内に弁護しない場合、その土地は、勝手に住み込んだ人の所有地となってしまうのです。
これは犯罪でも何でもなく、厳然と法律で保障されている権利なのです。この法律の考え方がどこから来ているかというと、基本的人権で保障されている居住権の保護の考え方から来ています。すべての人は、最低限の必要として、食べる物や着る物が必要であると共に、住む場所が必要であり、その権利は保護されるべきだとするのです。
このウズカピアォンという法律は、英語のuseからも察することができるように、ポルトガル語でも「使う」に関する言葉です。土地や建物は「使っている人の物」なのです。
日本人にとっては、信じられない法律です。しかし、ブラジルでは日常茶飯事として現行している法律です。いわば、常識なのです。ですから、空き地、メンテナンスができていない家というのは、誰もが目をつけます。勝手に住み込んで自分の物にしようともくろむことがないまでも、「これはいったい誰の.....? 取られても知らないよ」と自然に思うのです。
日系人の方々と話をして、これで土地や建物を失ってしまった人の話を何度も聞きました。また、新聞にはよくニュースで「侵入者が立てこもり、所有者との戦いになっている」などの記事を目にします。聞くところによると、政治的にそれらの動きを利用する団体まであるそうです。
いまだにびっくりですが、それが現実です。また、それを踏まえて対応していく必要があります。
私が初めてブラジルの土地を踏んだのは、1996年5月23日でした。ブラジルに暮らしてもう17年になろうとしています。
住めば住むほど、日本とブラジルは習慣や価値観に、ある場合は「正反対(ブラジル人によると)」と言われるほどの違いがあることを感じます。それがどこから来ているかと考える時に、やはり法律が違うので、おのずと価値観も違ってくるのだなと思われることがよくあります。そのブラジル人の価値観をつくり出しているのではないかと思う法律の一つに、ウズカピアォンという法律があります。日本語訳もあるようですが、いまここで書こうとしているのはブラジルの法律なので、混乱を避けるため、あえてリンクはしないことにします。基本的な考え方を知る上では、参考になると思います。
この法律は、どういう法律かと言いますと.....。たとえば、ある土地があり、空き家があるようです。もちろん他人の土地です。そこにある人が勝手に住み込み、1年たち、2年たちしますが、誰も何も文句を言ってきません。そこでその住み込んだ人が裁判所に、「これは私の土地です。X年O月から住んでいます。私の物であるとの宣言をお願いします」と文書を提出します。裁判所がそれを受け取り、その土地の所有者として登記所に登録されている名義人に対して、呼び出しをかけます。「これこれの者があなたの所有地について、自分の物であると申し立てているから、弁護しなさい」どの文書でもそうですが、裁判所の文書には期限があります。その期間内に弁護しない場合、その土地は、勝手に住み込んだ人の所有地となってしまうのです。これは犯罪でも何でもなく、厳然と法律で保障されている権利なのです。この法律の考え方がどこから来ているかというと、基本的人権で保障されている居住権の保護の考え方から来ています。すべての人は、最低限の必要として、食べる物や着る物が必要であると共に、住む場所が必要であり、その権利は保護されるべきだとするのです。
このウズカピアォンという法律は、英語のuseからも察することができるように、ポルトガル語でも「使う」に関する言葉です。土地や建物は「使っている人の物」なのです。
日本人にとっては、信じられない法律です。しかし、ブラジルでは日常茶飯事として現行している法律です。いわば、常識なのです。ですから、空き地、メンテナンスができていない家というのは、誰もが目をつけます。勝手に住み込んで自分の物にしようともくろむことがないまでも、「これはいったい誰の.....? 取られても知らないよ」と自然に思うのです。
日系人の方々と話をして、これで土地や建物を失ってしまった人の話を何度も聞きました。また、新聞にはよくニュースで「侵入者が立てこもり、所有者との戦いになっている」などの記事を目にします。聞くところによると、政治的にそれらの動きを利用する団体まであるそうです。
いまだにびっくりですが、それが現実です。また、それを踏まえて対応していく必要があります。
2013年5月9日木曜日
グァララペス訪問のビデオ
おはようございます、エパタです。
アイフォンでビデオを撮影して初めて、編集というものを試みてみました。
いろいろ編集アプリを探しましたが、無料ではあまり良いのがなく、この CuteCut というのが、切ったり貼ったりがやりやすいアプリでした。画面が小さくなってしまうのが難点ですが。
私はアレルギーがあって、何が原因か、途中から皮膚にかゆみが出て、あまり撮影することができず(以前は住んでいたのですが....)退散することになりました。
後で自分で聞いてみて、言葉に繰り返しとかムダが多い(-_-).....。特に「この場所が」というのを何度も言っています。
それはさて置いても、もっといろいろ風景を撮ればよかったと反省です。
アイフォンでビデオを撮影して初めて、編集というものを試みてみました。
いろいろ編集アプリを探しましたが、無料ではあまり良いのがなく、この CuteCut というのが、切ったり貼ったりがやりやすいアプリでした。画面が小さくなってしまうのが難点ですが。
私はアレルギーがあって、何が原因か、途中から皮膚にかゆみが出て、あまり撮影することができず(以前は住んでいたのですが....)退散することになりました。
後で自分で聞いてみて、言葉に繰り返しとかムダが多い(-_-).....。特に「この場所が」というのを何度も言っています。
それはさて置いても、もっといろいろ風景を撮ればよかったと反省です。
2013年4月27日土曜日
祈りが聞かれた!
こんばんは、エパタです。
またまた私事で恐縮ですが...。
昨日は母とスカイプで話し、お祈りしました。だいたい毎週木曜日に話します。最近ではインターネットで何でも情報が手に入るので、いろいろ日本で起こっていることの世間話とか、何を食べたとか、体調はどうかなどを話し、祈りの課題を出して祈り合います。母は聞いているだけのことが多いですが、一言二言祈ってくれることもあります。日本に大きな地震が四年以内に70パーセントの確率で来るという意見もあるので、家族・親族が早く悔い改めでイエス様を信じて、災害から守られるようにも祈っています。
具体的な必要のためにも祈りますが、母が前回の先週の木曜日に出した祈りの課題は、私の弟についての課題でした。
弟は結婚して両親と同居していて、二人の息子がいます。弟は町内会の子供会の責任者をしています。千葉の田舎村なので、過疎化が進み、子供会のメンバーは弟の子供たち二人だけです。町内会では資源回収の係は子供会の担当で、実質的には資源回収の作業を弟一人でしなくてはいけません。
今回の資源回収の期限として町内会長さんから言われていた日にちは5月12日で、仕事をしている弟はゴールデンウィークを返上して資源回収の仕事をしないと間に合わない事態になっていました。弟は以前ストレスのため、内臓を痛めて入院したりしたため、体調も厳しい状態です。
そこで母が、「弟の資源回収の仕事のために祈ってほしい」が課題でした。
課題を聞いて、私は「イエス様、弟の負担が少なくなりますように。願わくは、資源回収の仕事がなくなりますように」と最初祈りました。すると、母が、「そうじゃなくて、一人でやっている仕事を町内会全体で負担してくれて、町内会全体の仕事になりますようにと祈ってほしい」と言いました。そこで、母が言うように祈りました。
すると、今週、母が言いました。「先週お祈りしてくれたでしょう。その通りになってきてる感じなのよ」とのことでした。父が町内会長さんに電話して、事情を説明したところ、町内会長さんも「実はリサイクルの業者の都合が悪くなって、5月12日には無理そうなので、そちらからもそういう事情を言ってきてくれたので...」ということで、期限がなくなったのでした。ゴールデンウィークには休めそうです。
イエス様が祈りに答えてくださいました!! ハレルヤ!
またまた私事で恐縮ですが...。
昨日は母とスカイプで話し、お祈りしました。だいたい毎週木曜日に話します。最近ではインターネットで何でも情報が手に入るので、いろいろ日本で起こっていることの世間話とか、何を食べたとか、体調はどうかなどを話し、祈りの課題を出して祈り合います。母は聞いているだけのことが多いですが、一言二言祈ってくれることもあります。日本に大きな地震が四年以内に70パーセントの確率で来るという意見もあるので、家族・親族が早く悔い改めでイエス様を信じて、災害から守られるようにも祈っています。
具体的な必要のためにも祈りますが、母が前回の先週の木曜日に出した祈りの課題は、私の弟についての課題でした。
弟は結婚して両親と同居していて、二人の息子がいます。弟は町内会の子供会の責任者をしています。千葉の田舎村なので、過疎化が進み、子供会のメンバーは弟の子供たち二人だけです。町内会では資源回収の係は子供会の担当で、実質的には資源回収の作業を弟一人でしなくてはいけません。
今回の資源回収の期限として町内会長さんから言われていた日にちは5月12日で、仕事をしている弟はゴールデンウィークを返上して資源回収の仕事をしないと間に合わない事態になっていました。弟は以前ストレスのため、内臓を痛めて入院したりしたため、体調も厳しい状態です。
そこで母が、「弟の資源回収の仕事のために祈ってほしい」が課題でした。
課題を聞いて、私は「イエス様、弟の負担が少なくなりますように。願わくは、資源回収の仕事がなくなりますように」と最初祈りました。すると、母が、「そうじゃなくて、一人でやっている仕事を町内会全体で負担してくれて、町内会全体の仕事になりますようにと祈ってほしい」と言いました。そこで、母が言うように祈りました。
すると、今週、母が言いました。「先週お祈りしてくれたでしょう。その通りになってきてる感じなのよ」とのことでした。父が町内会長さんに電話して、事情を説明したところ、町内会長さんも「実はリサイクルの業者の都合が悪くなって、5月12日には無理そうなので、そちらからもそういう事情を言ってきてくれたので...」ということで、期限がなくなったのでした。ゴールデンウィークには休めそうです。
イエス様が祈りに答えてくださいました!! ハレルヤ!
2013年4月20日土曜日
「雲の間にある虹」の新刊を出してきました
私が書いた号の月刊「雲の間にある虹5月号」が届きました。ありがとうございます。さっそくいつも置いていただいている伝道所カフェに行って、オーナーのアンナさん(中央)に売っていただくようにお願いしてきました。
お客様たちにも撮影にご協力いただき、感謝します。
下に掲載のように、ディスプレイさせていただきました。(イエス様、お店を祝福してください...。)
そして、私は好物のキャロットケーキとコーヒー(2.50レアル/180円くらい)をいただきました。このカフェでよく出る本は、これです(右下)。小さなカラフルな本。シリーズ物で、たくさん種類が置いてありましたが、もう残り二冊になっています。一冊6レアルで、300円くらい。種類ごとに「希望」とかテーマがあって、テーマに関する聖書の言葉が書いてあります。
2013年4月17日水曜日
Happy Independent Day to Israel!!
今日は、イスラエルの独立記念日です!
イスラエルおめでとう!
わたくし事で恐縮なのですが、私の苗字は「まつもと」と申します。
(エパタは芸名です^o^)
イスラエル独立記念日をヘブライ語では
Yom Ha'atzmaut
というのですが、これが、私には
まつもと
と聞こえてしまいます。
これは、イスラエル前副外相のアヤロン氏が去年NYCでしたスピーチ(英語)ですが、独立記念日のことに言及していて、出だしの15秒ほどでその言葉が聞こえてきます。
イスラエルおめでとう!
わたくし事で恐縮なのですが、私の苗字は「まつもと」と申します。
(エパタは芸名です^o^)
イスラエル独立記念日をヘブライ語では
Yom Ha'atzmaut
というのですが、これが、私には
まつもと
と聞こえてしまいます。
これは、イスラエル前副外相のアヤロン氏が去年NYCでしたスピーチ(英語)ですが、独立記念日のことに言及していて、出だしの15秒ほどでその言葉が聞こえてきます。
実は私は、クリスチャンになる前、この自分の名前が好きではありませんでした。というか、違和感を感じていました。ある時、中学生くらいだったと思いますが、学校でクラスの生徒が一人ひとり自分の名前を言っていく場面があり、それをなぜかは忘れましたが、録音して後で聞いたことがありました。自分の番が来た時、自分の声が自分の声でないようで、変な感じでした。それ以来、自分の名前を公けの場所で言うのが嫌いになりました。
しかし、クリスチャンになり、自分が神様に愛されていることを知って、自分自身が好きになりました。さらに、イスラエルが私にとって特別な国となり、この日は、イスラエルの人々が私の名前を呼んでくれているような気がして、聞くたびにうれしい気持ちになります。(^^)
ハレルヤ!
2013年4月13日土曜日
2013年4月11日木曜日
お昼ご飯をごちそうになりました
こんばんは、エパタです。
大家さんのお友達で北京ホテルのオーナーの劉さんに、お昼ご飯をごちそうになりました。私などは身分不相応だと思うのですが、呼んでいただけることに感謝しています。
右から劉長生さん、大家さんの前川碧さん、私
実名を出して大丈夫かと思うのですが、それはご本人たちの要望でもあり、大家さんは日本に親族がおられ、ご自身も住んでおられたこともあるし、これを見て、友達が「見たよ~~」と言ってくると期待しておられます。
劉さんは戦時中に日本軍で日本語から中国語への通訳者として働いておられました。特に四国の方々と一緒に働いていたそうです。いつも「四国の連中は本当にいい人たちばかりだった。気は荒いが、人情が厚い。仲間がまだ生きていたら、会いたいな」と言っています。
このレストランには福島に建設予定の児童養護施設への寄付のお願いのパンフレットをいつも置かせていただくので、今回は土地を購入することができましたとご報告することができました。とても喜んでくださり、さらなる協力を約束してくださいました。この場をお借りして、感謝申し上げます。
大家さんのお友達で北京ホテルのオーナーの劉さんに、お昼ご飯をごちそうになりました。私などは身分不相応だと思うのですが、呼んでいただけることに感謝しています。右から劉長生さん、大家さんの前川碧さん、私
実名を出して大丈夫かと思うのですが、それはご本人たちの要望でもあり、大家さんは日本に親族がおられ、ご自身も住んでおられたこともあるし、これを見て、友達が「見たよ~~」と言ってくると期待しておられます。
劉さんは戦時中に日本軍で日本語から中国語への通訳者として働いておられました。特に四国の方々と一緒に働いていたそうです。いつも「四国の連中は本当にいい人たちばかりだった。気は荒いが、人情が厚い。仲間がまだ生きていたら、会いたいな」と言っています。
このレストランには福島に建設予定の児童養護施設への寄付のお願いのパンフレットをいつも置かせていただくので、今回は土地を購入することができましたとご報告することができました。とても喜んでくださり、さらなる協力を約束してくださいました。この場をお借りして、感謝申し上げます。
2013年4月5日金曜日
電話番号をもらいました
こんばんは、エパタです。
今日は久しぶりに大家さんと食事をして、ショッピングセンターを歩いていました。
靴下を買いたいと思って、寄ってもらいました。私が買い物をしている間、大家さんが店員さんと話を始めました。買い物が終わって私も話に加わり、大家さんが「この人は日本から来ているのよ」と紹介してくださいました。私が「私はキリスト教の宣教師です。イエス様を信じていますか?」と聞くと、店員さんはうなづきました。そこで、「ポルトガル語の会話の練習がしたいので、電話番号をください」と言うと、快く電話番号をくださいました。ちょうどよいタイミングで電話をかけることができますように、そしてさらに教会へ誘うことができますように....。
今日は久しぶりに大家さんと食事をして、ショッピングセンターを歩いていました。
靴下を買いたいと思って、寄ってもらいました。私が買い物をしている間、大家さんが店員さんと話を始めました。買い物が終わって私も話に加わり、大家さんが「この人は日本から来ているのよ」と紹介してくださいました。私が「私はキリスト教の宣教師です。イエス様を信じていますか?」と聞くと、店員さんはうなづきました。そこで、「ポルトガル語の会話の練習がしたいので、電話番号をください」と言うと、快く電話番号をくださいました。ちょうどよいタイミングで電話をかけることができますように、そしてさらに教会へ誘うことができますように....。
2013年4月3日水曜日
またまた発見した事
こんにちは、エパタです。
このごろ近所の子供たちに勉強させられない状況(バケーションなど)で、彼らの祝福のために祈ると共に、自分自身が勉強することにしました(^^)
ずいぶん以前から考えていたシオンの丘周辺地域について、最近学びが開かれてとても感動したことを書きました。またこのごろ、他の事で発見がありました。
最近ではないのですが、地図を見ていたら、ゴグ、マゴグという文字が浮かび上がってきました。最近それが急に気になってきて、どこで見たのか、自分の持っている世界地図の中で最近探したのですが、それらしきものは見つかりません。教会ではメシェクがモスクワで、ロシュ(ロシア)の連合軍の一部で終末の時代にイスラエルを攻撃する国々と習っていました(エゼキエル書38章より)。その話を聞いた時は、知識として受け取ってはいましたが、そうかなと半信半疑でしたが、このごろイスラエルの方々とインターネットで接する機会が増えてきて、現実的な意味を持ち始めてきたのです。
ゴグ、マゴグをインターネットの検索にかけて、いろいろ見ている中で、イスラエルを攻める連合軍の一部であるトバルの一族がイベリア半島に渡ってきて、スペインを築いたと書かれている文章を見つけました。
(そういえばタルシシュの船が出てきたような、タルシシュはスペインだという説明を聞いたような気もしてきました)
ということは、終末の時代にイスラエルを攻める軍勢の中に、イベリア半島から出た世界中に散っている民族も加わるのではないかと思ったりもしたのです。イスラエルから遠く離れてはいますが、その一部である中南米へイエス様の福音宣教のために派遣されている私は、目には見えないけれども、自分で意識していなかったけれども、最高の知恵をお持ちで、緻密綿密な計画をお持ちのイエス様の最善の戦略の中で戦っているのではと、またまた感動したのでした。もちろん、まだ勉強中です。
しかし、ともあれ、自然な形で勉強意欲を与えてくださっているイエス様にすべての栄光をお返しします。
このごろ近所の子供たちに勉強させられない状況(バケーションなど)で、彼らの祝福のために祈ると共に、自分自身が勉強することにしました(^^)
ずいぶん以前から考えていたシオンの丘周辺地域について、最近学びが開かれてとても感動したことを書きました。またこのごろ、他の事で発見がありました。
最近ではないのですが、地図を見ていたら、ゴグ、マゴグという文字が浮かび上がってきました。最近それが急に気になってきて、どこで見たのか、自分の持っている世界地図の中で最近探したのですが、それらしきものは見つかりません。教会ではメシェクがモスクワで、ロシュ(ロシア)の連合軍の一部で終末の時代にイスラエルを攻撃する国々と習っていました(エゼキエル書38章より)。その話を聞いた時は、知識として受け取ってはいましたが、そうかなと半信半疑でしたが、このごろイスラエルの方々とインターネットで接する機会が増えてきて、現実的な意味を持ち始めてきたのです。
ゴグ、マゴグをインターネットの検索にかけて、いろいろ見ている中で、イスラエルを攻める連合軍の一部であるトバルの一族がイベリア半島に渡ってきて、スペインを築いたと書かれている文章を見つけました。
(そういえばタルシシュの船が出てきたような、タルシシュはスペインだという説明を聞いたような気もしてきました)
ということは、終末の時代にイスラエルを攻める軍勢の中に、イベリア半島から出た世界中に散っている民族も加わるのではないかと思ったりもしたのです。イスラエルから遠く離れてはいますが、その一部である中南米へイエス様の福音宣教のために派遣されている私は、目には見えないけれども、自分で意識していなかったけれども、最高の知恵をお持ちで、緻密綿密な計画をお持ちのイエス様の最善の戦略の中で戦っているのではと、またまた感動したのでした。もちろん、まだ勉強中です。
しかし、ともあれ、自然な形で勉強意欲を与えてくださっているイエス様にすべての栄光をお返しします。
2013年3月30日土曜日
2013年3月27日水曜日
メシアニックジューの方にインタビューしました
ハグ・サメアッハ・ペサハ(過ぎ越しの祭り、おめでとう)!
エパタです。
いつもの伝道所カフェにて、先日ブログでもご紹介したメシアニックジュー(イエス・キリストを信じるユダヤ人)の方とお会いし、インタビューを取らせていただきました。
今週は月曜の夜から来週の月曜の夜まで、ユダヤ人のカレンダーによる過ぎ越しの祭りが行われており、イェフダさんの家では毎晩のように記念礼拝が行われているそうです。遠方に住む家族・親せきの方々も参加して賑わっているとのことです。
イスラエルではメシアニックジューの方々は狙われて、命の危険さえあるという話を聞いたので、お写真はどうかと思いましたが、ブラジルでは(注意はするが)「フォーリャ・ダ・ヘジアォン紙(地元の新聞)に載ったこともあるので、大丈夫」とのことでした。ご協力を感謝いたします。
エパタです。
いつもの伝道所カフェにて、先日ブログでもご紹介したメシアニックジュー(イエス・キリストを信じるユダヤ人)の方とお会いし、インタビューを取らせていただきました。
イスラエルではメシアニックジューの方々は狙われて、命の危険さえあるという話を聞いたので、お写真はどうかと思いましたが、ブラジルでは(注意はするが)「フォーリャ・ダ・ヘジアォン紙(地元の新聞)に載ったこともあるので、大丈夫」とのことでした。ご協力を感謝いたします。
2013年3月19日火曜日
びっくりした事
こんにちは、エパタです。
先日はびっくりすることがありました。日本では体験したことのないようなことだったので、書いておきたいと思います。
ある日、夜が明けかかる頃、屋根裏でドーンという音がし、水道の水が天井からザーザー降り始めました。屋根裏に居そうなのは、野良猫くらいなので、猫が乗ったぐらいで水道管が破裂するだろうか? と、一瞬、屋根裏に不審者か? との思いが頭をよぎりました。気配を探ってみても、ただ水が勢い良く落ちてくるだけなので、不審者は居ないだろうと気を取り直し、ご迷惑ながら大家さんに電話しました。彼女は日系人なので、日本語が流暢です。
彼女は朝からウォーキングをする気丈な方で、私がびっくり慌てている様子で、説明を聞いても動揺せず、「元栓を閉めて、水道会社に電話して」と言われました。すぐ近所に住んでおられたので、私は彼女が来てくれるものと思ったのです。しかも、電話してったって、この時間に水道会社はやっているだろうかと思いました。さらに、この家の水道の元栓は触ったことがなく、しかもどこにあるかも知らなかったので、閉めることができず、とりあえず、水道会社に電話しました。
時間帯にもかかわらず、対応してくださる方がおられ、人を派遣してくださることになりました。
その間も水がザーザー流れます。先ほど屋根裏で鳴ったドーンという音もかなりの音で、近所の犬たちが一斉に吠え始めました。
通りに出て、街路を見ると、大量の水が流れていっていました。同様に様子を見に出たのか、最近日本語を教えている女の子Aちゃんの家のおじいさんが通りに出ておられたので、手を振って合図をすると、来てくださいました。事情を説明すると、家の元栓を探し出して閉めてくださいました。
さらに、ご自分の家からはしごを持ってきて、屋根裏を調べてくださったところ、水槽を支えていた二本の木のうち一本が古びて割れて、水槽が傾いたのだそうです。
さらに水が無駄にならずに済み、大家さんに、そしてAちゃんのおじいさんに感謝しました。水道会社の人はお昼頃に来てくださいました。
ブラジルでは特に、近所つきあいの大切さ、周りに住む方々の有難さを実感することが多いのですが、今回の事件でも、またそのことが身に染みました。
いろいろなことが起こる度に知らなかった事柄を教えていただき、学びがあり、感謝しています。また、真夜中でなくてよかったと、ほっと胸をなでおろしました。
先日はびっくりすることがありました。日本では体験したことのないようなことだったので、書いておきたいと思います。
ある日、夜が明けかかる頃、屋根裏でドーンという音がし、水道の水が天井からザーザー降り始めました。屋根裏に居そうなのは、野良猫くらいなので、猫が乗ったぐらいで水道管が破裂するだろうか? と、一瞬、屋根裏に不審者か? との思いが頭をよぎりました。気配を探ってみても、ただ水が勢い良く落ちてくるだけなので、不審者は居ないだろうと気を取り直し、ご迷惑ながら大家さんに電話しました。彼女は日系人なので、日本語が流暢です。
彼女は朝からウォーキングをする気丈な方で、私がびっくり慌てている様子で、説明を聞いても動揺せず、「元栓を閉めて、水道会社に電話して」と言われました。すぐ近所に住んでおられたので、私は彼女が来てくれるものと思ったのです。しかも、電話してったって、この時間に水道会社はやっているだろうかと思いました。さらに、この家の水道の元栓は触ったことがなく、しかもどこにあるかも知らなかったので、閉めることができず、とりあえず、水道会社に電話しました。
時間帯にもかかわらず、対応してくださる方がおられ、人を派遣してくださることになりました。
その間も水がザーザー流れます。先ほど屋根裏で鳴ったドーンという音もかなりの音で、近所の犬たちが一斉に吠え始めました。
通りに出て、街路を見ると、大量の水が流れていっていました。同様に様子を見に出たのか、最近日本語を教えている女の子Aちゃんの家のおじいさんが通りに出ておられたので、手を振って合図をすると、来てくださいました。事情を説明すると、家の元栓を探し出して閉めてくださいました。
さらに、ご自分の家からはしごを持ってきて、屋根裏を調べてくださったところ、水槽を支えていた二本の木のうち一本が古びて割れて、水槽が傾いたのだそうです。
さらに水が無駄にならずに済み、大家さんに、そしてAちゃんのおじいさんに感謝しました。水道会社の人はお昼頃に来てくださいました。
ブラジルでは特に、近所つきあいの大切さ、周りに住む方々の有難さを実感することが多いのですが、今回の事件でも、またそのことが身に染みました。
いろいろなことが起こる度に知らなかった事柄を教えていただき、学びがあり、感謝しています。また、真夜中でなくてよかったと、ほっと胸をなでおろしました。
2013年3月16日土曜日
いやしの祈りに行ってきました
こんばんは、エパタです。
Oさんの家に行って、いやしの祈りをさせていただきました。
なるべくポルトガル語で祈り、言葉が出て来ない時は日本語で、またポルトガル語に戻して祈りました。前に行った時は、否定的な言葉を言っていたOさんが、私の祈りにとても心を合わせてくださり、私が「治ってきてる」と言うと、ご自身でも治りたいという意思を示すようになってきたように思いました。さらにいやしのためにおとりなしください。
Oさんの家に行って、いやしの祈りをさせていただきました。
なるべくポルトガル語で祈り、言葉が出て来ない時は日本語で、またポルトガル語に戻して祈りました。前に行った時は、否定的な言葉を言っていたOさんが、私の祈りにとても心を合わせてくださり、私が「治ってきてる」と言うと、ご自身でも治りたいという意思を示すようになってきたように思いました。さらにいやしのためにおとりなしください。
2013年3月13日水曜日
伝道所カフェに行ってきました
こんばんは、エパタです。
Aちゃんは午前中学校に行っているので、午後Aちゃんの家に行ってみました。おばあちゃんとお話したところ、Aちゃんのいとこが産まれたので、赤ちゃんを見に行っていました。やっぱり子供はずっと家にいるのは、つらいですから。
さて、「レ・ミゼラブル」を見に行きたいのですが、田舎町とはいえ、ブラジルなので、夜一人で外出するのは不用心です。そこで、一緒に見に行ってくれる人を探しているのですが、今まで聞いてみたところ、3人に断られてしまいました。
その過程でだんだんブラジル人のメンタリティーのある面が見えてきたような気がします。
「レ・ミゼラブル」というタイトルをポルトガル語に直すと、「オス・ミゼラーベイス」となります。直訳すると、「みじめな人々」です。ブラジル人は国ができてまだ500年で、未開拓の何もない状態(つまりミゼラブルな状態)から何とか努力して働いて抜け出したいのです。近年の経済的急成長でそのきざしも見えてきた、だから「ミゼラーベル」なのは、彼らにとってマイナスのイメージしかないのです。
これはフランス語原作の世界的に有名な名作なんですと言っているのですが。
映画の上映もまだ始まったばかりなので、以前ご紹介した伝道所カフェの掲示板に広告を貼っていただきました。(というか、レジのわきの冷蔵庫にマグネットでメッセージを貼っていただいただけですが....。)「誰か女性で『レ・ミゼラブル』という英語でポルトガル語字幕の映画を一緒に見に行ってくださる方いませんか? お友達になりましょう」と携帯電話の番号と名前を書きました。
どうか、主イエス様の導きがありますように。そして、伝道の良い機会となりますように....。
カフェのオーナーのフロリヴァウドさん
(いつもご協力を感謝いたします)
Aちゃんは午前中学校に行っているので、午後Aちゃんの家に行ってみました。おばあちゃんとお話したところ、Aちゃんのいとこが産まれたので、赤ちゃんを見に行っていました。やっぱり子供はずっと家にいるのは、つらいですから。
その過程でだんだんブラジル人のメンタリティーのある面が見えてきたような気がします。
「レ・ミゼラブル」というタイトルをポルトガル語に直すと、「オス・ミゼラーベイス」となります。直訳すると、「みじめな人々」です。ブラジル人は国ができてまだ500年で、未開拓の何もない状態(つまりミゼラブルな状態)から何とか努力して働いて抜け出したいのです。近年の経済的急成長でそのきざしも見えてきた、だから「ミゼラーベル」なのは、彼らにとってマイナスのイメージしかないのです。
これはフランス語原作の世界的に有名な名作なんですと言っているのですが。
映画の上映もまだ始まったばかりなので、以前ご紹介した伝道所カフェの掲示板に広告を貼っていただきました。(というか、レジのわきの冷蔵庫にマグネットでメッセージを貼っていただいただけですが....。)「誰か女性で『レ・ミゼラブル』という英語でポルトガル語字幕の映画を一緒に見に行ってくださる方いませんか? お友達になりましょう」と携帯電話の番号と名前を書きました。
どうか、主イエス様の導きがありますように。そして、伝道の良い機会となりますように....。
カフェのオーナーのフロリヴァウドさん
(いつもご協力を感謝いたします)
2013年3月12日火曜日
電話しました
こんばんは、エパタです。
Tさんに電話しました。Tさんは以前英語を教えてほしいと言われ、電話番号を教えた方です。(詳しくは、こちら)
電話してくださるということになっていたので、待っていたのですが、来ないので、電話してみました。ちょっとまだ、勉強する都合がつかないとのことで、もう少し様子を見るということになりました。
「英語の映画があるんですけど、一緒に行きませんか? ポルトガル語の字幕がついています。英語の勉強に良いと思いますよ」
と誘ってみました。(「レ・ミゼラブル」のことです)
都合がつきそうになったら電話するという返事が返ってきました。教会の礼拝にもお誘いしました。
さらに、Tさんとの関わりについて、主イエス様の導きがありますように、お祈りください。
Tさんに電話しました。Tさんは以前英語を教えてほしいと言われ、電話番号を教えた方です。(詳しくは、こちら)
電話してくださるということになっていたので、待っていたのですが、来ないので、電話してみました。ちょっとまだ、勉強する都合がつかないとのことで、もう少し様子を見るということになりました。
「英語の映画があるんですけど、一緒に行きませんか? ポルトガル語の字幕がついています。英語の勉強に良いと思いますよ」
と誘ってみました。(「レ・ミゼラブル」のことです)
都合がつきそうになったら電話するという返事が返ってきました。教会の礼拝にもお誘いしました。
さらに、Tさんとの関わりについて、主イエス様の導きがありますように、お祈りください。
2013年3月1日金曜日
ブラジルのメシアニックジューの団体
インターネット検索で、ブラジルにメシアニックジューの団体があることを知りました。よくサイトを見てみると、私がイスラエルに関して以前語られていたことと共通する信仰があることがわかりました。
一つに、「イスラエルの人々は今はかたくなになっているが、時が来れば救われる」こと。語られている聖書の箇所も同じでした。ローマ書より。それも「簡単につがれる」と信じていること。これは、かなり多くの人が一挙に救われること、つまり、リバイバルのことを意味しているのではないかと、私個人的には思っています。
二つに、「聖霊の賜物を信じている」こと。
一つに、「イスラエルの人々は今はかたくなになっているが、時が来れば救われる」こと。語られている聖書の箇所も同じでした。ローマ書より。それも「簡単につがれる」と信じていること。これは、かなり多くの人が一挙に救われること、つまり、リバイバルのことを意味しているのではないかと、私個人的には思っています。
二つに、「聖霊の賜物を信じている」こと。
2013年2月28日木曜日
メシアニックジューの教会の方に会いました
こんばんは、エパタです。
先日はメシアニック・ジュー(イエス・キリストを信じるユダヤ人)の方とアラサトゥーバのセントロで出会ったことをお話しました。
そこで、アラサトゥーバにもユダヤ人でクリスチャンの方々がいるかもしれないと思い、インターネットで検索してみました。すると、ブラジル全国にネットワークを持つ組織的なメシアニックジューの教会があることがわかりました。その中にあったアラサトゥーバの集会所の住所を目がけて行ってきました。
通りの名前だけで、番地が書いてなかったので、シナゴーグのような建物があると予想していましたが、広々と放牧場が果てしなく続く、いわば新興住宅地の辺りでした。教会らしき建物は見当たらないし、暑さで目がくらくらしてきました。
近辺をぐるぐる廻ると、薬局があったので、その前で乗ってきた自転車を放り出してしばらく座り込んでいました。すると、お店の人が出てきたので、ポカリスエットのようなものが欲しいというと、私の状況を察してくださり、塩味のビスケットを数枚持ってきてくださいました。目が回るような感覚がすぐになくなりました。ブラジル人の優しさに涙が出る思いでした。
もう帰ろうかなと思ったのですが、気を取り直して、また自転車をこぎ始めました。住所にあたる通りをぐるぐる回り、家の前で涼んでいる人がいたので「このあたりに教会はありますか?」と聞いてみました。「あ~、アラブの?」と言うので、「(違うのですが)そうです」と言うと、教えてくれました。
行って「こんにちは~~」と呼んでみました。家の人が出てきたので、「ここは教会ですか?」と聞くと、「そうです」と答え、「Jesusを信じていますか?」と聞くと、「Jesusはカトリック教会が宣伝しているもので、私たちが信じているのは、ユダヤのイェシュアです」ということでした。「中に入りますか?」と聞かれたので、入れていただき、少し話をしました。
出てきた方が家長で、祖父がポルトガルでカトリックによるユダヤ人迫害が起きた時にブラジルに逃げてきたのだそうです。周辺地域のメシアニックジューの方々が集まって、集会を持っているとのことでした。「インターネットで見て、電話をかけたが現在使われていなかった。住所を見てきた」と言うと、「新しい電話番号はもう教えたんだけど」と言っておられました。電話番号を教えていただいて、帰ってきました。さらに主の御心の関わりのため、主の導きを求めて祈っています。
先日はメシアニック・ジュー(イエス・キリストを信じるユダヤ人)の方とアラサトゥーバのセントロで出会ったことをお話しました。
そこで、アラサトゥーバにもユダヤ人でクリスチャンの方々がいるかもしれないと思い、インターネットで検索してみました。すると、ブラジル全国にネットワークを持つ組織的なメシアニックジューの教会があることがわかりました。その中にあったアラサトゥーバの集会所の住所を目がけて行ってきました。
通りの名前だけで、番地が書いてなかったので、シナゴーグのような建物があると予想していましたが、広々と放牧場が果てしなく続く、いわば新興住宅地の辺りでした。教会らしき建物は見当たらないし、暑さで目がくらくらしてきました。
近辺をぐるぐる廻ると、薬局があったので、その前で乗ってきた自転車を放り出してしばらく座り込んでいました。すると、お店の人が出てきたので、ポカリスエットのようなものが欲しいというと、私の状況を察してくださり、塩味のビスケットを数枚持ってきてくださいました。目が回るような感覚がすぐになくなりました。ブラジル人の優しさに涙が出る思いでした。
もう帰ろうかなと思ったのですが、気を取り直して、また自転車をこぎ始めました。住所にあたる通りをぐるぐる回り、家の前で涼んでいる人がいたので「このあたりに教会はありますか?」と聞いてみました。「あ~、アラブの?」と言うので、「(違うのですが)そうです」と言うと、教えてくれました。
行って「こんにちは~~」と呼んでみました。家の人が出てきたので、「ここは教会ですか?」と聞くと、「そうです」と答え、「Jesusを信じていますか?」と聞くと、「Jesusはカトリック教会が宣伝しているもので、私たちが信じているのは、ユダヤのイェシュアです」ということでした。「中に入りますか?」と聞かれたので、入れていただき、少し話をしました。
出てきた方が家長で、祖父がポルトガルでカトリックによるユダヤ人迫害が起きた時にブラジルに逃げてきたのだそうです。周辺地域のメシアニックジューの方々が集まって、集会を持っているとのことでした。「インターネットで見て、電話をかけたが現在使われていなかった。住所を見てきた」と言うと、「新しい電話番号はもう教えたんだけど」と言っておられました。電話番号を教えていただいて、帰ってきました。さらに主の御心の関わりのため、主の導きを求めて祈っています。
2013年2月18日月曜日
イエス様が教えてくださっている事
こんばんは、エパタです。
先日は「シオン」についてイエス様が私に直接教えてくださった事柄を書きました。また最近、ずーっと以前から疑問に思っていた事について、イエス様が少しずつ教えてきてくださっているのです。
それは、アラム語についてです。
疑問のきっかけは、10年ぐらい前に「パッション」という映画を観たときに、イエス様がアラム語で話ていたことに発します。私はそれまではイエス様はヘブライ語を話していたのだと思っていました。イエス様が話すアラム語がとてもエキゾチックで新鮮な印象を持っていました。一方、イエス様を捕らえて十字架刑に処するローマの兵士たちはラテン語(?)を話しており、それが同じラテン語系列のポルトガル語とそっくりで、イエス様を迫害する立場に立つ者として、どーんと落ち込んだものでした。周りで観ていたブラジル人たちも同じような思いをいただいていたのか、みんな一様に首をうなだれて映画館を出たものでした。
それから聖書を読んでいるごとに、「アラム語で」と書かれた箇所が不思議にひっかかるのです。何を言っているのですか、教えてくださいと祈っていました。
それが最近、アラム語を話していたのは、イスラエルを攻めてきていたアッシリア軍の兵士たちが話していた言葉だったことに気がつきました。ウィキで調べたところ、イスラエルの民が捕囚でて引かれていった後、アラム語は中東一帯の国際共通語として、商業・外交で使われるほどにその地域に広まったそうです。
イエス様はいわば敵国の言葉であるアラム語を習得しておられ、宣教の働きのために積極的に使っていたのでした。当時のユダヤ地方では数か国語話せる人は少なくなかったのです。相手が何語を話すかによって言葉を変えていたのです。イエス様はエルサレムに上ったときに、宗教家の方々と議論したと言われていますから、ヘブライ語ももちろん話せたのでしょう。しかし、民衆に対しては彼らの日常語であるアラム語で話しかけていたのだと思われます。
私がこのブログで使っている「エパタ」という名前も、「開け」という意味ですが、新約聖書で出てくる言葉の中で、ヘブライ語かアラム語かと言われている言葉の一つだそうです。時に応じて、聞いている人々がより理解しやすく、心を合わせやすい言葉を、イエス様が使っていたことがわかりました。
このアラム語ですが、イエス様が使ったアラム語は今は絶滅の危機で、シリアのダマスコの近郊の町々他3か所だけで用いられているのみだそうです。そのうちの1つはキリスト教徒の町だそうです。イスラム教ばかりだと思っていたシリアにもキリスト教徒がいたのです。今紛争が起こっているホムスという町もキリスト教徒が多い町で、彼らは迫害されていると言われています。
さらにイエス様に尋ねていきたいと思います。
PS
ちなみにここ、アラサトゥーバではまだ「レ・ミゼラブル」は始まっていません....。
先日は「シオン」についてイエス様が私に直接教えてくださった事柄を書きました。また最近、ずーっと以前から疑問に思っていた事について、イエス様が少しずつ教えてきてくださっているのです。
それは、アラム語についてです。
疑問のきっかけは、10年ぐらい前に「パッション」という映画を観たときに、イエス様がアラム語で話ていたことに発します。私はそれまではイエス様はヘブライ語を話していたのだと思っていました。イエス様が話すアラム語がとてもエキゾチックで新鮮な印象を持っていました。一方、イエス様を捕らえて十字架刑に処するローマの兵士たちはラテン語(?)を話しており、それが同じラテン語系列のポルトガル語とそっくりで、イエス様を迫害する立場に立つ者として、どーんと落ち込んだものでした。周りで観ていたブラジル人たちも同じような思いをいただいていたのか、みんな一様に首をうなだれて映画館を出たものでした。
それから聖書を読んでいるごとに、「アラム語で」と書かれた箇所が不思議にひっかかるのです。何を言っているのですか、教えてくださいと祈っていました。
それが最近、アラム語を話していたのは、イスラエルを攻めてきていたアッシリア軍の兵士たちが話していた言葉だったことに気がつきました。ウィキで調べたところ、イスラエルの民が捕囚でて引かれていった後、アラム語は中東一帯の国際共通語として、商業・外交で使われるほどにその地域に広まったそうです。
イエス様はいわば敵国の言葉であるアラム語を習得しておられ、宣教の働きのために積極的に使っていたのでした。当時のユダヤ地方では数か国語話せる人は少なくなかったのです。相手が何語を話すかによって言葉を変えていたのです。イエス様はエルサレムに上ったときに、宗教家の方々と議論したと言われていますから、ヘブライ語ももちろん話せたのでしょう。しかし、民衆に対しては彼らの日常語であるアラム語で話しかけていたのだと思われます。
私がこのブログで使っている「エパタ」という名前も、「開け」という意味ですが、新約聖書で出てくる言葉の中で、ヘブライ語かアラム語かと言われている言葉の一つだそうです。時に応じて、聞いている人々がより理解しやすく、心を合わせやすい言葉を、イエス様が使っていたことがわかりました。
このアラム語ですが、イエス様が使ったアラム語は今は絶滅の危機で、シリアのダマスコの近郊の町々他3か所だけで用いられているのみだそうです。そのうちの1つはキリスト教徒の町だそうです。イスラム教ばかりだと思っていたシリアにもキリスト教徒がいたのです。今紛争が起こっているホムスという町もキリスト教徒が多い町で、彼らは迫害されていると言われています。
さらにイエス様に尋ねていきたいと思います。
PS
ちなみにここ、アラサトゥーバではまだ「レ・ミゼラブル」は始まっていません....。
2013年2月16日土曜日
ゴスペルを歌う人に会いました
こんばんは、エパタです。
いつもの繁華街を歩いていると、「やぁ!」という感じで声をかけられました。見覚えのない人だったので、人違いかなと思って、通り過ぎようとしていました。
「あなた、歌っていたでしょう」
と言われました。聞くと、彼女はゴスペルを歌う人で、CDまでも作って売っていました。彼女のCDを買ってあげて、言いました。
「毎週土曜日11時半にカウサダォン(繁華街)で歌うことにしているから、あなたも一緒に歌おう」
と誘うことができました。ハレルヤ! 主の導きと助けを感謝いたします。彼女のCDにあったポルトガル語の曲を1曲練習してみました。これからどういう主の導きがあるか、わかりませんが、祈って行きたいと思います。
いつもの繁華街を歩いていると、「やぁ!」という感じで声をかけられました。見覚えのない人だったので、人違いかなと思って、通り過ぎようとしていました。
「あなた、歌っていたでしょう」
と言われました。聞くと、彼女はゴスペルを歌う人で、CDまでも作って売っていました。彼女のCDを買ってあげて、言いました。
「毎週土曜日11時半にカウサダォン(繁華街)で歌うことにしているから、あなたも一緒に歌おう」
と誘うことができました。ハレルヤ! 主の導きと助けを感謝いたします。彼女のCDにあったポルトガル語の曲を1曲練習してみました。これからどういう主の導きがあるか、わかりませんが、祈って行きたいと思います。
2013年2月14日木曜日
ブラジルのおまわりさん
こんばんは、エパタです。
いつも土曜日にアラサトゥーバのセントロに伝道の働きのために出かけています。警察の詰所の前で活動をしているのですが、いつも出会うおまわりさんがいます。その詰所で働いているのではないのですが、その近辺で見回りをされています。
その方にずいぶんお世話になっています。ある時は、不審な人物が近づいてきたことがあり、いやがらせと思える行動をし始めたので、思わず、一喝してやろうかと思ったのですが、無視していました。すると、そのおまわりさんがすーっと通りすがり、私が挨拶がてら敬礼したら、その不審人物、ぱぁーっといなくなりました。
ある時はある大衆食堂でぱったり出会い、世間話などしていたら、なんとお昼ご飯をごちそうしてくださったのでした。
この方、風格もまさにゴスペル歌手のようですが、バスのとても良い声の持ち主です。
「ゴスペルを練習しよう、絶対ヒットしますよ!」
と本気で誘っています。
この場をお借りし感謝いたします。
いつも土曜日にアラサトゥーバのセントロに伝道の働きのために出かけています。警察の詰所の前で活動をしているのですが、いつも出会うおまわりさんがいます。その詰所で働いているのではないのですが、その近辺で見回りをされています。
その方にずいぶんお世話になっています。ある時は、不審な人物が近づいてきたことがあり、いやがらせと思える行動をし始めたので、思わず、一喝してやろうかと思ったのですが、無視していました。すると、そのおまわりさんがすーっと通りすがり、私が挨拶がてら敬礼したら、その不審人物、ぱぁーっといなくなりました。
ある時はある大衆食堂でぱったり出会い、世間話などしていたら、なんとお昼ご飯をごちそうしてくださったのでした。
この方、風格もまさにゴスペル歌手のようですが、バスのとても良い声の持ち主です。
「ゴスペルを練習しよう、絶対ヒットしますよ!」
と本気で誘っています。
この場をお借りし感謝いたします。
2013年2月7日木曜日
Mさんと一緒に祈りました
こんばんは、エパタです。
今日は雨が降って少し過ごしやすくなりました。これで良く眠れます.....。
今週から学校が始まったので、Aちゃんは授業の中でやっているバレエで使う衣装作成のことで頭がいっぱいで、日本語を学ぶ余裕が今のところない模様です。
日系人のMさんに電話してみたら「書き物でお願いしたいことがある」というので、訪問しました。大切な書類の日本語の文字を書くというものでしたが、大変喜ばれました。
Mさんはご主人が大腸がんで、サンパウロの病院に入院しておられるので、二人でイエス・キリストの御名によって、早く治って退院できるようにお祈りしました。彼女はポルトガル語で、私は日本語で。主が御手を置いてくださいますように...。
今日は雨が降って少し過ごしやすくなりました。これで良く眠れます.....。
今週から学校が始まったので、Aちゃんは授業の中でやっているバレエで使う衣装作成のことで頭がいっぱいで、日本語を学ぶ余裕が今のところない模様です。
日系人のMさんに電話してみたら「書き物でお願いしたいことがある」というので、訪問しました。大切な書類の日本語の文字を書くというものでしたが、大変喜ばれました。
Mさんはご主人が大腸がんで、サンパウロの病院に入院しておられるので、二人でイエス・キリストの御名によって、早く治って退院できるようにお祈りしました。彼女はポルトガル語で、私は日本語で。主が御手を置いてくださいますように...。
2013年1月30日水曜日
「雲の間にある虹」を確認してきました
2013年1月27日日曜日
ブラジル人のメシアニックジューの方と会いました
こんばんは、エパタです。
今日はアラサトゥーバのセントロ(繁華街)で、ブラジル人のメシアニックジュー(イエス・キリストを信じたユダヤ人)の方と会いました。
ダビデの星のマークとヘブライ語で何やら書かれたTシャツを着ておられたので、話しかけてみました。ヘブライ語の文字は「ישוע המשיח」で、「救い主イエス」でした。
「すいません、写真を撮らせてください」
「?」
「あなたはクリスチャンですか?」
「はい」
「あなたはユダヤ人ですか?」
「はい」
ずいぶん前にセントロに行く道を歩いていた時に、心の中に思いがやってきました。
「メシアニックジューに会う」
という思いでした。
非常に唐突で、自分がそれまで考えていたことと何の脈絡もないことでした。それ以来、何度も、特にセントロに行く道を歩いている時に、それを思い出しました。
「もし主から来ている思いならば、メシアニックジューに会えますように」
と主に祈っていました。
しかし、サンパウロにはたくさんユダヤ人はいますが、アラサトゥーバではただ一度、6~7年前に(グァララペスに住んでいた時、バスでアラサトゥーバの市役所に行った時に)、キッパを着けた人を見つけただけでした。
最近も2週間ぐらい前にまたそのことを思い出して、非常に現実離れしたことに感じつつ、主が語ってくださったことならば、メシアニックジューに会えますようにと祈ったのです。
その青年に、
「私もクリスチャンで、私の教会は東京にあって、ユダヤ人伝道に召命が与えられています」
と言ったら、それまで硬かった表情が少し緩みました。
先をお急ぎになっている様子で、その方は
「また会いますよ」
と言って、それっきり足早に立ち去って行かれました。写真も撮ることはできませんでした。(Tシャツだけでも撮らせていただきたかった.....。)
やはりアラサトゥーバにもメシアニックジューはいました。これが何を意味しているのか、まだよくわかりませんが、引き続き祈っていきたいと思います。
(画像はウィキペディアより)
今日はアラサトゥーバのセントロ(繁華街)で、ブラジル人のメシアニックジュー(イエス・キリストを信じたユダヤ人)の方と会いました。
ダビデの星のマークとヘブライ語で何やら書かれたTシャツを着ておられたので、話しかけてみました。ヘブライ語の文字は「ישוע המשיח」で、「救い主イエス」でした。
「すいません、写真を撮らせてください」
「?」
「あなたはクリスチャンですか?」
「はい」
「あなたはユダヤ人ですか?」
「はい」
ずいぶん前にセントロに行く道を歩いていた時に、心の中に思いがやってきました。
「メシアニックジューに会う」
という思いでした。
非常に唐突で、自分がそれまで考えていたことと何の脈絡もないことでした。それ以来、何度も、特にセントロに行く道を歩いている時に、それを思い出しました。
「もし主から来ている思いならば、メシアニックジューに会えますように」
と主に祈っていました。
しかし、サンパウロにはたくさんユダヤ人はいますが、アラサトゥーバではただ一度、6~7年前に(グァララペスに住んでいた時、バスでアラサトゥーバの市役所に行った時に)、キッパを着けた人を見つけただけでした。
最近も2週間ぐらい前にまたそのことを思い出して、非常に現実離れしたことに感じつつ、主が語ってくださったことならば、メシアニックジューに会えますようにと祈ったのです。
その青年に、
「私もクリスチャンで、私の教会は東京にあって、ユダヤ人伝道に召命が与えられています」
と言ったら、それまで硬かった表情が少し緩みました。
先をお急ぎになっている様子で、その方は
「また会いますよ」
と言って、それっきり足早に立ち去って行かれました。写真も撮ることはできませんでした。(Tシャツだけでも撮らせていただきたかった.....。)
やはりアラサトゥーバにもメシアニックジューはいました。これが何を意味しているのか、まだよくわかりませんが、引き続き祈っていきたいと思います。
(画像はウィキペディアより)
2013年1月25日金曜日
「雲の間にある虹」を置いてきました
こんばんは、エパタです。
伝道所カフェに行って、お茶して、聖書を読んで、先日届いたばかりの雲の間にある虹を2冊、置いてきました。今日はけっこう人が入っていたので、置いてきた月刊誌の写真を撮ることはできませんでした。
伝道所カフェに行って、お茶して、聖書を読んで、先日届いたばかりの雲の間にある虹を2冊、置いてきました。今日はけっこう人が入っていたので、置いてきた月刊誌の写真を撮ることはできませんでした。
2013年1月22日火曜日
2013年1月19日土曜日
伝道カフェ☆
こんにちは、エパタです。
以前レポートしたことのあるBookafeをまた訪問しました。
ブラジルでは珍しいアイスコーヒーを見つけて、うれしくなりました。飾りもあって本格的です。
ICED CAFE 6レアル (300円くらい)
働いている人々はみなエバンジェリコ(英語でいうevangelical・伝道派の)のクリスチャンなので、聖書の話やブラジル政府のイスラエルに対する立場などを雑談し、ポルトガル語の発音に口を慣らす良い訓練をさせていただきました。

さらに、み声新聞を無料でお渡ししました。
知り合いに日系人がいるので、渡すと言ってくださいました。
御心の方がたの手に渡りますように。。。
店内には仕事の昼休みかなと思われる作業服の男性がソファでおい寝りをしておられました。
今日はCDを3枚、販売をお願いしてきました。ロサンゼルス教会様と大阪教会様とIさんから頂いたCDも願いしてきました。どこへ持ち込んで営業したら良いのでしょうかと祈ってはいたのですが、頂いてからずいぶん経ってしまいました。すみませ~~ん。売れたら、私の生活費となります(^^)。
以前レポートしたことのあるBookafeをまた訪問しました。ブラジルでは珍しいアイスコーヒーを見つけて、うれしくなりました。飾りもあって本格的です。
ICED CAFE 6レアル (300円くらい)
働いている人々はみなエバンジェリコ(英語でいうevangelical・伝道派の)のクリスチャンなので、聖書の話やブラジル政府のイスラエルに対する立場などを雑談し、ポルトガル語の発音に口を慣らす良い訓練をさせていただきました。

さらに、み声新聞を無料でお渡ししました。
知り合いに日系人がいるので、渡すと言ってくださいました。
御心の方がたの手に渡りますように。。。
店内には仕事の昼休みかなと思われる作業服の男性がソファでおい寝りをしておられました。
今日はCDを3枚、販売をお願いしてきました。ロサンゼルス教会様と大阪教会様とIさんから頂いたCDも願いしてきました。どこへ持ち込んで営業したら良いのでしょうかと祈ってはいたのですが、頂いてからずいぶん経ってしまいました。すみませ~~ん。売れたら、私の生活費となります(^^)。
いつか聖書を持ち込んで、さくらとしてボランティア活動をしたいともくろんでいます。
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