オ・ジア誌が伝えるところによると、サン・ゴンサロ市で高圧電線が決裂して、垂れ下がっていた電線に接触して、同じ車に乗車していた4人が感電死した。
ちなみにサン・ゴンサロ市は、リオデジャネイロ郊外の町。ニテロイ市の隣りの町で、サッカー選手のビスマルクさんの故郷。
ブラジルではよく電線が垂れ下がっていて、感電死した例がある。特に田舎ではよく聞く話。また、野原では雷雨の時に歩き回っていてはいけない。落雷の恐れがあるため。最近でニュースに出ていたのは、ビーチにいた家族に落雷したケース。注意が必要だ。
2016年1月4日月曜日
2016年1月2日土曜日
二日に1人が流れ弾に当たるリオデジャネイロ
2015年11月22日日曜日
待ちに待ったリオデジャネイロの市内電車!
2015年11月19日木曜日
リオデジャネイロの幽霊駅
ブラジルの祝日11月2日は、ジア・ドス・モルトス(死者の日)いわゆるお盆であった。以来、幽霊の話題がちらほらと。
日本人は幽霊話に慣れているが、ブラジル人は幽霊話はほとんどしない。死者の日の特集で、ある新聞がサンパウロ市の墓地に幽霊が出るという記事を書いていたが、その中で幽霊の噂話についてブラジル人にインタヴューしたところ、「怖いか?」の質問に「興味深い。いるなら見てみたい」という意見が多数だった。
さて、今回の記事も「リオデジャネイロに幽霊駅がある」という見出しで、いったいどんな幽霊? と期待したが、エスタシオ駅(営業中)からプラッサ・キンズィ(営業中のフェリーの発着所)まで、地下鉄が走るはずだったが、1980年代に着工されはしたが未完で捨て置かれているという趣旨だった。
フェリーは乗ったことがある。20分ほどでリオデジャネイロ市とニテロイ市を結ぶ列記とした庶民の足として通勤・通学客で満員だった。しかし、発着所はいかにも寂れた暗い人目につかないひっそりとした場所にあったので、驚いた。麻薬密売所が近くにあるのではないかと、周囲を注意深く見つつ、フェリーに乗ったのを覚えている。
なるほど、この地下鉄が完成したら、どんなに便利になったことだろう。
その続きとして「ボタフォゴにも未完の駅が」という題の記事があった。それによると、コパカバーナとボタフォゴの間にもう一つ地下鉄駅ができるはずだったとのことである。もしそれができていれば、私が以前リオデジャネイロで住んでいた間借りの家から1ブロック先に、地下鉄の駅があったことになる。
そういえば、私がリオデジャネイロに行った時、地図をゲットしたが、それには確か家の近くにMのマーク(地下鉄駅の印)があった。近くまで行って見たが、Mのマークはあったが、鉄の柵で囲まれた場所があるのみであった。記事によれば、あの鉄の柵の下に未完の駅があることになる。
その駅ができていれば、ずいぶん便利だったな~。なくてもいろんなものがあって、便利な場所だったが。
日本人は幽霊話に慣れているが、ブラジル人は幽霊話はほとんどしない。死者の日の特集で、ある新聞がサンパウロ市の墓地に幽霊が出るという記事を書いていたが、その中で幽霊の噂話についてブラジル人にインタヴューしたところ、「怖いか?」の質問に「興味深い。いるなら見てみたい」という意見が多数だった。
さて、今回の記事も「リオデジャネイロに幽霊駅がある」という見出しで、いったいどんな幽霊? と期待したが、エスタシオ駅(営業中)からプラッサ・キンズィ(営業中のフェリーの発着所)まで、地下鉄が走るはずだったが、1980年代に着工されはしたが未完で捨て置かれているという趣旨だった。
フェリーは乗ったことがある。20分ほどでリオデジャネイロ市とニテロイ市を結ぶ列記とした庶民の足として通勤・通学客で満員だった。しかし、発着所はいかにも寂れた暗い人目につかないひっそりとした場所にあったので、驚いた。麻薬密売所が近くにあるのではないかと、周囲を注意深く見つつ、フェリーに乗ったのを覚えている。
なるほど、この地下鉄が完成したら、どんなに便利になったことだろう。
その続きとして「ボタフォゴにも未完の駅が」という題の記事があった。それによると、コパカバーナとボタフォゴの間にもう一つ地下鉄駅ができるはずだったとのことである。もしそれができていれば、私が以前リオデジャネイロで住んでいた間借りの家から1ブロック先に、地下鉄の駅があったことになる。
そういえば、私がリオデジャネイロに行った時、地図をゲットしたが、それには確か家の近くにMのマーク(地下鉄駅の印)があった。近くまで行って見たが、Mのマークはあったが、鉄の柵で囲まれた場所があるのみであった。記事によれば、あの鉄の柵の下に未完の駅があることになる。
その駅ができていれば、ずいぶん便利だったな~。なくてもいろんなものがあって、便利な場所だったが。
2015年11月6日金曜日
警官がスケボを武器と誤り発砲
オ・ジア誌が報じるところによると、リオデジャネイロのアウト・レブロン地区で、警官がスケボを武器と間違い、16歳の少年に発砲した。ただし麻薬を吸っていたところであった。
同様の事件が先月29日パブナ地区で起きたばかりである。バイクタクシーに乗っていた24歳の青年が車のハンドルの鍵(巨大な十手のような形をしている)を持っていたのを武器と勘違いした警官が発砲し、バイクタクシーの運転手と2人とも即死。彼らはまったく無実であった。
同様の事件が先月29日パブナ地区で起きたばかりである。バイクタクシーに乗っていた24歳の青年が車のハンドルの鍵(巨大な十手のような形をしている)を持っていたのを武器と勘違いした警官が発砲し、バイクタクシーの運転手と2人とも即死。彼らはまったく無実であった。
2015年10月19日月曜日
3人のレズビアンの結婚が合法化~リオデジャネイロ
エスタダォン誌が伝えるところによると、リオデジャネイロで3人の女性による結婚が合法的に認められた。ブラジルで3人の結婚のカップルは二度目。1度目はサンパウロ州で、男性1人と女性2人の結婚。
聖書によれば、同性愛は神の忌み嫌うものである。嘆かわしいことに、ブラジルがソドムとゴモラ化してきている。
詳しくは、1分間動画をどうぞ。
聖書によれば、同性愛は神の忌み嫌うものである。嘆かわしいことに、ブラジルがソドムとゴモラ化してきている。
詳しくは、1分間動画をどうぞ。
2015年10月17日土曜日
2015年10月6日火曜日
ファベーラに迷い込み撃たれる
こんにちは。
オ・ジアの日曜日付け記事によると、ニテロイ地区(ホザンジェラさんの教会のある地域)の隣り、サン・フランシスコ地区(トンネルを抜けた地域、つまりマルセロさんの教会の児童養護施設のある地域)のカラムージョのファベーラにナビで迷い込んだ夫婦が、武装した麻薬密売人らに囲まれ、止まらず抜けようとしたが、20発以上の銃弾を浴び、助手席にいた女性が死亡した。
オ・ジアの日曜日付け記事によると、ニテロイ地区(ホザンジェラさんの教会のある地域)の隣り、サン・フランシスコ地区(トンネルを抜けた地域、つまりマルセロさんの教会の児童養護施設のある地域)のカラムージョのファベーラにナビで迷い込んだ夫婦が、武装した麻薬密売人らに囲まれ、止まらず抜けようとしたが、20発以上の銃弾を浴び、助手席にいた女性が死亡した。
2015年9月24日木曜日
ストリートチルドレンの数について
こんばんは。
ブラジルにはどのくらいの数のストリートチルドレンがいるのか、かなり正確だと思われる資料を見つけました。
サンパウロ市が今年出した調査報告です。サンパウロ市内で路上生活者の全体数は15905人、うち、施設へ保護されたのが8570人、7335人がいまだホームレス状態です。80%以上が男性。いわゆる子供~未成年は全体の3.1%で、保護された子が418人、まだホームレスの子は、11歳までが33人、12歳から17歳までが54人です。
サンパウロ市は急激に工業化が進み、ブラジル各地の地方都市から仕事を求めて出てきて、失業し、路上生活をせざるをえない人口が、ブラジルで一番多い都市だと考えられます。
サンパウロ市では、2000年、2009年、2011年、2015年に調査を行いました。
そして、こちらがリオデジャネイロ市が報告した数。
ページ下部にポルトガル語のpdf版があります。リオデジャネイロ市が2013年に実施して、2014年に報告したもの。ホームレス状態の人は全体で5580人、11歳までが61人、12歳から17歳までが312人。
どういう身分証明書を所持していたか、ホームレスになる前はどこに住んでいたかなど、かなり詳しい聞き込み調査がなされていました。
リオデジャネイロ市でこのような大規模な調査を行なったのは、初めてだそうです。
2013年11月19日火曜日
Poder de dar graças (with English translation)
Quando eu morava no Rio de Janeiro, morava num pencionato. Quando entrei eu morava sozinha no quarto, mas o quarto era para quatro pessoas. Assim depois vieram outras tres moças.
Eu se dava bem com as moças, mas a última moça começou a falar contra mim dizendo que roubei a coisa dela. Eu não roubei nada, mas não falei nada sobre isso e dei graças ao Senhor Jesus sobre isso. Louvei ao Senhor sobre tudo que aconteceu e também pedia que o Senhor mesmo resolvesse o problema.
Aí então, passaram alguns dias. A moça achou a coisa que perdeu dentro das coisa dela. O senhor Jesus resolveu o meu problema com ela. Depois ela começou a falar sobre a vida dela. Morava num orfanato, mas a vida lá era horrível e fugiu. Ela não tinha família, mas sabia que tinha um parente e estava o procurando.
Eu e ela ficamos muito amigas e começamos a ter um momento de louvores ao Senhor juntos. Era uns momentos muito divertidos. Quando o meu visto venceu e não dava para receber o sustento do Japão e acabou para mim até a comida, ela me ajudou e dava comida para mim.
Aí, ela arrumou um trabalho no Portugal.
O Senhor resolveu o problema através de dar graças para todas as coisas e louvar ao Senhor em qualquer situação.
Dou toda honra e glória ao Senhor Jesus.
______________________________________
When I lived in Rio de Janeiro , lived in a shared house. When I entered there, I lived alone in the room. But the room was for four people. So then came more three other girls. I got along well with the girls, but the last girl began to speak against me saying I had stolen her thing. I did not steal anything, but I said nothing about it and gave thanks to the Lord Jesus about it. I was singing praises to the Lord about everything that happened. And I was also asking that the Lord would solve the problem.
There then passed a few days. The girl found the thing lost within her things. The Lord Jesus solved my problem with her. Then she started talking about her life. She was in an orphanage, but the life there was terrible and fled. She had no family, but she knew she had a relative and was looking for him .
She and I became good friends and we started to take a moment to praise the Lord together. It was very amusing moment. When my visa was expired and I could not get the support from Japan and ended up the food for me, she helped me and gave me food.
Then, she found a job in Portugal.
The Lord has solved my problem by giving thanks for all things and praise the Lord in every situation.
I give all honor to Jesus.
Eu se dava bem com as moças, mas a última moça começou a falar contra mim dizendo que roubei a coisa dela. Eu não roubei nada, mas não falei nada sobre isso e dei graças ao Senhor Jesus sobre isso. Louvei ao Senhor sobre tudo que aconteceu e também pedia que o Senhor mesmo resolvesse o problema.
Aí então, passaram alguns dias. A moça achou a coisa que perdeu dentro das coisa dela. O senhor Jesus resolveu o meu problema com ela. Depois ela começou a falar sobre a vida dela. Morava num orfanato, mas a vida lá era horrível e fugiu. Ela não tinha família, mas sabia que tinha um parente e estava o procurando.
Eu e ela ficamos muito amigas e começamos a ter um momento de louvores ao Senhor juntos. Era uns momentos muito divertidos. Quando o meu visto venceu e não dava para receber o sustento do Japão e acabou para mim até a comida, ela me ajudou e dava comida para mim.
Aí, ela arrumou um trabalho no Portugal.
O Senhor resolveu o problema através de dar graças para todas as coisas e louvar ao Senhor em qualquer situação.
Dou toda honra e glória ao Senhor Jesus.
______________________________________
When I lived in Rio de Janeiro , lived in a shared house. When I entered there, I lived alone in the room. But the room was for four people. So then came more three other girls. I got along well with the girls, but the last girl began to speak against me saying I had stolen her thing. I did not steal anything, but I said nothing about it and gave thanks to the Lord Jesus about it. I was singing praises to the Lord about everything that happened. And I was also asking that the Lord would solve the problem.
There then passed a few days. The girl found the thing lost within her things. The Lord Jesus solved my problem with her. Then she started talking about her life. She was in an orphanage, but the life there was terrible and fled. She had no family, but she knew she had a relative and was looking for him .
She and I became good friends and we started to take a moment to praise the Lord together. It was very amusing moment. When my visa was expired and I could not get the support from Japan and ended up the food for me, she helped me and gave me food.
Then, she found a job in Portugal.
The Lord has solved my problem by giving thanks for all things and praise the Lord in every situation.
I give all honor to Jesus.
2013年10月23日水曜日
体験談シリーズ・リオデジャネイロで女性の鼻の病気が治った
2007年にリオデジャネイロに日本から宣教チームが来て、癒しの祈りをしていただいた後、みるみる皮膚がきれいになった。 自分でもびっくりしたが、グァララペスの周りに住む人々が「肌がきれいになったねぇ~」と言うようになった。3人の人に同じことを言われた。
その当時、(ホザンジェラさんのお父様が癒されたとは知らず)国際伝道センターの有志と伝道に出た。公園で日本語とポルトガル語で賛美をして、その後教会のパンフレットを配りながらベンチに座っている人々に話しかけていった。
ある女の子がうつろな表情で座っていた。ホザンジェラさんが話しかけた。彼女は自分はスピリティズムを信じていると言った。ホザンジェラさんは神は頭の中だけの存在ではなく、生きていると言った。
彼女は自分の悩みを話し始め、「鼻の病気が見つかり、会社を首にされそうだ。今日も病院に行って検査をしてきた」とレントゲン写真の入った大きな封筒を見せてくれた。
私は自分はひどい皮膚病で小さい時から苦しんできたが、神様が癒してくださり、きれいになったと自分の腕を見せた。その後、ホザンジェラさんが「イエス様を信じますか」と聞くと、彼女は「信じる」と言い、私たちと一緒に受け入れるお祈りをした。
それから皆で彼女の鼻に手を置いて祈った。彼女は感動して、もし治ったら教会に感謝しに行くと言った。後日、ホザンジェラさんから聞いたところによると、彼女の病気は治り、彼女の言葉の通りに教会に感謝しに来たそうだ。主をあがめます。2010/05/16記す
その当時、(ホザンジェラさんのお父様が癒されたとは知らず)国際伝道センターの有志と伝道に出た。公園で日本語とポルトガル語で賛美をして、その後教会のパンフレットを配りながらベンチに座っている人々に話しかけていった。
ある女の子がうつろな表情で座っていた。ホザンジェラさんが話しかけた。彼女は自分はスピリティズムを信じていると言った。ホザンジェラさんは神は頭の中だけの存在ではなく、生きていると言った。
彼女は自分の悩みを話し始め、「鼻の病気が見つかり、会社を首にされそうだ。今日も病院に行って検査をしてきた」とレントゲン写真の入った大きな封筒を見せてくれた。
私は自分はひどい皮膚病で小さい時から苦しんできたが、神様が癒してくださり、きれいになったと自分の腕を見せた。その後、ホザンジェラさんが「イエス様を信じますか」と聞くと、彼女は「信じる」と言い、私たちと一緒に受け入れるお祈りをした。
それから皆で彼女の鼻に手を置いて祈った。彼女は感動して、もし治ったら教会に感謝しに行くと言った。後日、ホザンジェラさんから聞いたところによると、彼女の病気は治り、彼女の言葉の通りに教会に感謝しに来たそうだ。主をあがめます。2010/05/16記す
Isso aconteceu no Rio de Janeiro. Eu estava participando uma equipe de evangelizãção da igreja com os irmaõs. Nós fomos ao parque e começamos a cantar hinos. Muitas pessoas estavam no parque e nos ouviam. Depois de acabamos a cantar hinos, começamos a distribuir folhetos e convidamos as pessoas à igreja. Aí vimos uma moça sentada no banco aparentemente abarada com um envelope de exame médico. Uma moça da nossa equipe
falou com ela, passando o folheto. "Jesus te ama. Ele é a solução de todos os problemas."
Ao receber o folheto, moça que estava no banco falou, "Sou espirita, mas tenho problema. Acharam uma doença no nariz e eu vou ser mandada embora do meu serviço...."
Aí a moça da igreja respondeu Jesus te cura. Vamos aceitar Jesus agora. Oramos para você. Eu também falei,"Tinha doença grave na pele, usava muitos remédios. Jesus me curou e libertou!" Ela orou aceitando Jesus como Salvador e Senhor naquele momento e também oramos
para que ela ser curada o nariz dela, colocando nossas mãos sobre o nariz dela.
Depois de oração, ela falou "Se esta doença for curada, eu vou à igreja para agradecer."
Depois a moça da igreja falou para mim que ela apareceu na igreja, dizendo "Não detectou a doença no exame! A doença sumiu! Eles não me mandaram embora. Estou continuando no serviço."
Ela falava para ir à igreja agradecer. Foi isso mesmo que aconteceu.
Eu louvo ao Senhor Jesus e dou toda honra e a glória ao Senhor.
2013年10月16日水曜日
リオデジャネイロ旅情報③
マラカナン・サッカースタジアムで夜の試合を見てから地下鉄で帰ってきても、カテッチ駅から人通りの多い繁華街を通るのでより安全な地域にあるヴィトーリア・ホテル。少し見にくいですが右側のライトが灯るあたりに看板が。値段は90レアル(5千円くらい。値上げがなければ)。リオデジャネイロは観光地なので、どこも高いです。ビーチは最低でもこの二倍以上。ラップトップを預けて無事帰ってきました。オーナーさんがいい人で、早朝着いてもチェックインさせてくれるし、しかも「朝食、食べな」と言ってくれる!(^^)
難点はホテルにWi-Fiがないこと。その点は、短期滞在の場合は成田空港でレンタルするか、少し出費できるなら秋葉原のラオックスでSIMロックフリーのアイフォンを買って、ブラジルでSIMカードだけ買っていれると使えます。その場合、誰かブラジル人の友達がいてCPF番号を貸してくれる必要がありますが。注:TIM社の場合、ボックスで買うSIMカードではなくて、看板を出している代理店に行けば、Internacional visitors で旅行者でもパスポートでOKなようです。
聞くところによると、日本人のサッカー選手が修行で来てて、このホテルに長期滞在していたそうな。名前とポジションも教えてくれて、「いまどうしてるかな~、かなりうまかったぞ」と言われたが、う~ん、わからない....。温かい人々に囲まれて、彼も楽しいブラジル生活だったでしょう!
2013年10月15日火曜日
リオデジャネイロ旅情報②
リオデジャネイロ市とニテロイ市をグァラナバラ湾経由で結ぶフェリー。市民の通勤の足として使われています。値段は確か200円くらいでした。サントス・ズモン空港に着陸寸前の飛行機が迫ってきたり、安く安全にリオデジャネイロの景観を楽しめます。
乗り場はリオデジャネイロ市側はプラッサ・キンズィ(ⅩⅤと記されることもある15の意味)。かなりわかりにくい。この近辺はバスしかアクセスがないので、やや中級者向けかも。
ニテロイ市側はわかりやすい。
リオデジャネイロ旅情報①
こんにちは、エパタです。
以前に書きましたリオデジャネイロの思い出の続きを書きます。これは私が他のブログに書いたものと同じ内容です。
眺めやビーチへアクセスを考えるとコパカバーナがいいですが、ホテルの値段が…。夜10時以降でも人通りが多いカテッチ通り(Rua do Catete)の辺りにも安めの宿がけっこうあります。繁華街の中に地下鉄駅があるので、夜遅く戻っても安全です。(写真はコルコバードの丘へ行くラランジェイラス通りとカテッチ通りの交差点にあるマクドナルド)
以前に書きましたリオデジャネイロの思い出の続きを書きます。これは私が他のブログに書いたものと同じ内容です。
眺めやビーチへアクセスを考えるとコパカバーナがいいですが、ホテルの値段が…。夜10時以降でも人通りが多いカテッチ通り(Rua do Catete)の辺りにも安めの宿がけっこうあります。繁華街の中に地下鉄駅があるので、夜遅く戻っても安全です。(写真はコルコバードの丘へ行くラランジェイラス通りとカテッチ通りの交差点にあるマクドナルド)
2013年6月5日水曜日
リオデジャネイロの思い出(その1)
こんにちは、エパタです。
サッカー日本代表の来年のワールドカップ出場が決定しました。おめでとうございます!
ワールドカップの後、2016年にはオリンピック開催ということもあり、日本からブラジルへの多くの観光客が来られるでしょう。ブラジルはバックパック旅行者にとって、リスクはありますが、魅力的な国です。
私は以前、リオデジャネイロに住んでいました。最初はサンパウロに住んでいて、教会の用事で一か月に一度のペースで通っていたのですが、一時期リオデジャネイロに住んだこともありました。
私には「心のふるさと」と呼んでいる所があり、1にイスラエル、2にロサンゼルス、3番目がリオデジャネイロです。以前少しそれに関して書いたこともありましたが、これから一年間は「リオデジャネイロ」が話題となると思いますので、ブログアクセスアップのためにも(!)、思い出す所でつらつらと書いていきます。
(参考記事)
心のふるさとリオデジャネイロ
貧しい地域の児童支援施設を訪問
ブラジルの接続事情シリーズ
サッカー日本代表の来年のワールドカップ出場が決定しました。おめでとうございます!
ワールドカップの後、2016年にはオリンピック開催ということもあり、日本からブラジルへの多くの観光客が来られるでしょう。ブラジルはバックパック旅行者にとって、リスクはありますが、魅力的な国です。
私は以前、リオデジャネイロに住んでいました。最初はサンパウロに住んでいて、教会の用事で一か月に一度のペースで通っていたのですが、一時期リオデジャネイロに住んだこともありました。私には「心のふるさと」と呼んでいる所があり、1にイスラエル、2にロサンゼルス、3番目がリオデジャネイロです。以前少しそれに関して書いたこともありましたが、これから一年間は「リオデジャネイロ」が話題となると思いますので、ブログアクセスアップのためにも(!)、思い出す所でつらつらと書いていきます。
(参考記事)
心のふるさとリオデジャネイロ
貧しい地域の児童支援施設を訪問
ブラジルの接続事情シリーズ
2012年9月4日火曜日
船橋教会で話します
こんばんは、エパタです。
明日は13:30からの船橋教会で、礎の石孤児院のブラジルでの働きについてお話しします。
場所は船橋市本町6丁目2-18-19 第三中山ビル201です。どなたでも参加できます。
コール君に会えるかな? 彼は猫ちゃんです。
明日は13:30からの船橋教会で、礎の石孤児院のブラジルでの働きについてお話しします。
場所は船橋市本町6丁目2-18-19 第三中山ビル201です。どなたでも参加できます。
コール君に会えるかな? 彼は猫ちゃんです。
2012年6月11日月曜日
ブラジルチームの祝福その13~すごかったなあの踊り
こんばんは、エパタのまつもとです。(^^)
ノボ・テンポ教会の特別賛美のダンス、強烈でした。あの音楽、今でもよく頭の中を駆け巡ってる....。ワーシップリーダーの方は女性でした(後ろで手を上げている人)。太い声で声量もあって、ノリノリ~~、すごい迫力でした~~!
午後の社会福祉施設を訪問した時は、静かに裁縫していた子供たちが、突然ピラピラのコスチュームで現れ、ダンスを披露してくれました。
たぶん自分たちで作ったコスチュームです。チームの子じゃない男の子たちも、壇上に上がって適当に振り付けをつけて踊ってました(^^)。会衆の列では小さい子も縦横無尽に走り回る....。私も~~~、一緒に混じって踊りたくなりましたが、ちょっと理性が邪魔しました、残念。けっこう動きが小刻みで速いダンスでしたヨ。会衆の列の中で少し真似して踊りましたが、いや~~、解放されます。
Apresentação de jovens na igreja Ministério Novo Tempo. Todo mundo dança, canta e grita de alegria. Um momento maravilhoso. Até o menininho corre e dança, que bonitinho! Louvor que liberta, isso mesmo!
A Obra Social da Ministério Novo Tempo tem cursos de dança também. Os alunos que estudam nos cursos vêm participando dos cultos da igreja.
ノボ・テンポ教会の特別賛美のダンス、強烈でした。あの音楽、今でもよく頭の中を駆け巡ってる....。ワーシップリーダーの方は女性でした(後ろで手を上げている人)。太い声で声量もあって、ノリノリ~~、すごい迫力でした~~!
午後の社会福祉施設を訪問した時は、静かに裁縫していた子供たちが、突然ピラピラのコスチュームで現れ、ダンスを披露してくれました。
たぶん自分たちで作ったコスチュームです。チームの子じゃない男の子たちも、壇上に上がって適当に振り付けをつけて踊ってました(^^)。会衆の列では小さい子も縦横無尽に走り回る....。私も~~~、一緒に混じって踊りたくなりましたが、ちょっと理性が邪魔しました、残念。けっこう動きが小刻みで速いダンスでしたヨ。会衆の列の中で少し真似して踊りましたが、いや~~、解放されます。Apresentação de jovens na igreja Ministério Novo Tempo. Todo mundo dança, canta e grita de alegria. Um momento maravilhoso. Até o menininho corre e dança, que bonitinho! Louvor que liberta, isso mesmo!
A Obra Social da Ministério Novo Tempo tem cursos de dança também. Os alunos que estudam nos cursos vêm participando dos cultos da igreja.
2012年6月9日土曜日
ブラジルチームの祝福その11~癒しを求める人の列
こんばんは、エパタのまつもとです。
リオデジャネイロ州ニテロイ市の国際伝道センターのチャペルをお借りして、主の十字架クリスチャンセンターの集会を持つことができました。チームの祈りの中で、日本ですでに「癒しの祈りを求めて人々が並ぶ」と語られていたのだそうです。集会の告知がなされたのが一週間前だったにもかかわらず、ホザンジェラさんのお父様に起こった奇跡の証しを聞いて、続々と人々が集まりました。
集会の後には、癒しを求めて人々が列をつくって並んで待っていました。チームの方々が癒しの祈りに慣れておられた方々ばかりだったので、すぐにグループに分かれて祈っていました。
私はチームの前に、医学用語のポルトガル語を調べておいたほうがいいというような促しを感じたのですが、今までに起こった癒しの病気の単語を確認しただけに終わってしまいました。主の促しはもっと全般的なことをおさらいするように言っておられたと思います。パウロ師のほうがポルトガル語を聞いただけで(あるいは私が聞いた言葉を繰り返して)、「それはOOね」と理解されていたようでした。次回はどんな病気の人が来ても、理解できますように!
O Senhor Jesus falou através de profecia que muitas pessoas faria uma fila buscando as curas. Depois da reunião carismática realmente muitas pessoas fizeram fila para receber orações, porque as pessoas ouviram sobre o milagre que aconteceu com o pai da Rosângela. Fizemos grupos para orar para cada pessoa. Foi uma bênção.
リオデジャネイロ州ニテロイ市の国際伝道センターのチャペルをお借りして、主の十字架クリスチャンセンターの集会を持つことができました。チームの祈りの中で、日本ですでに「癒しの祈りを求めて人々が並ぶ」と語られていたのだそうです。集会の告知がなされたのが一週間前だったにもかかわらず、ホザンジェラさんのお父様に起こった奇跡の証しを聞いて、続々と人々が集まりました。
集会の後には、癒しを求めて人々が列をつくって並んで待っていました。チームの方々が癒しの祈りに慣れておられた方々ばかりだったので、すぐにグループに分かれて祈っていました。
私はチームの前に、医学用語のポルトガル語を調べておいたほうがいいというような促しを感じたのですが、今までに起こった癒しの病気の単語を確認しただけに終わってしまいました。主の促しはもっと全般的なことをおさらいするように言っておられたと思います。パウロ師のほうがポルトガル語を聞いただけで(あるいは私が聞いた言葉を繰り返して)、「それはOOね」と理解されていたようでした。次回はどんな病気の人が来ても、理解できますように!
O Senhor Jesus falou através de profecia que muitas pessoas faria uma fila buscando as curas. Depois da reunião carismática realmente muitas pessoas fizeram fila para receber orações, porque as pessoas ouviram sobre o milagre que aconteceu com o pai da Rosângela. Fizemos grupos para orar para cada pessoa. Foi uma bênção.
2012年6月6日水曜日
ブラジルチームの祝福その8~通訳ってこんなに楽しかったのか!
今回、通訳ということに非常に恐れを感じて、私の祈りは「願わくは誰かもっと通訳にふさわしい人を与えてください。しかし主の御心がなりますように」と、主と押し問答を繰り返していた。私は正直なところ、ポルトガル語が好きではない。主には申し訳ないが、私の召しなので、やっているという感じだ。しかし私にとってとても負担の少ない言語だと思う。主は私のことを良くご存知なので、この言語で主に仕えるようにしてくださったと思う。だから16年もこの言葉を使って生活していけるんだなぁと思う。しかしもっと文法面でも勉強して、きれいな言葉が話せるように努力しなければいけない時期が来ていると思う。この好きではないという感情が、大事な奉仕の時に出てしまうのかもしれない。
しかし、この日は驚いた。自分でもなぜこんなに自由に話せるのだろうと思うほど、大胆になり、パウロ師の言葉「蝶が舞うように」というのは「これか!」と分かった。パウロ師が「神は生きておられます!」と叫んだ時に、ふとある情景を思い出した。私が救われる前に、伝道集会に連れて行かれ、会衆の座席についていた時に、パウロ師はこんな感じで「神は生きておられます!」と叫んでいた。今度はその私が壇上に立っていたのだった。今までで、最高に通訳が楽しいと感じたひと時だった。確かに聖霊様が働いておられたのだと思う。余程、特別な御心があったのだろう。主をほめたたえ、すべての栄光を主にお返しします。ハレルヤ!
Na igreja Ministerio Novo Tempo em Niteroi, Rio de Janeiro. Estou traduzindo a mensagem do Pastor Paulo do Japão. As pessoas da igreja sempre estavam com sorriso e simpáticas. Eu senti que o Espírito Santo operou fortemente na mensagem. Ele falou que as palavras de Deus são diferentes dos seres humanos e certamente se realizarão. O segundo filho dele estava com problema no celebro e médico falou que ele não ia andar nem desenvolver a sua capacidade intelectual. Mas, Deus falou outra coisa. "Eu o curarei." A igreja inteira orou por ele. O milagre aconteceu. Ele foi salado. Hoje ele anda normal e é super inteligente que faz pós-graduação na Faculdade Federal. Ele vai fazer uma apresentação académica na China em Inglês no mês de Agosto. Foi a vitória de Deus!
2012年6月4日月曜日
ブラジルチームの祝福その6~ホザンジェラさん
ホザンジェラさんは国際伝道センターの事務局に勤務するミッショナリー。国際伝道センターはリオデジャネイロ州ニテロイ市にある。ニテロイ市はグァナバラ湾をはさんでリオデジャネイロ市の対岸。リオ・ニテロイ大橋があるので、車で行けば(渋滞なしで)20分ほど。2007年の第7ブラジルチームの時に、お父様が心臓発作で緊急治療室に入院されたが、チームが行って癒しのために祈った後、一週間もしないうちに跡も残らず回復し、退院された。現在90歳。お元気だそうです。主は生きておられます。ハレルヤ!
O pai da missionária Rosângela (Centro Evangelístico Internacional) sofreu Infarto em 2007. Naquela época veio setima equipe do Japão e os pastores foi visitar-lo no hospital. Oraram para cura dele. Ele melhorou menos de uma semana sem alguma sequelas e recebeu alta. Hoje tem 90 anos de idade. Foi Deus que o curou. Glória a Deus!
O pai da missionária Rosângela (Centro Evangelístico Internacional) sofreu Infarto em 2007. Naquela época veio setima equipe do Japão e os pastores foi visitar-lo no hospital. Oraram para cura dele. Ele melhorou menos de uma semana sem alguma sequelas e recebeu alta. Hoje tem 90 anos de idade. Foi Deus que o curou. Glória a Deus!
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