こんばんは、エパタです。
先日は「シオン」についてイエス様が私に直接教えてくださった事柄を書きました。また最近、ずーっと以前から疑問に思っていた事について、イエス様が少しずつ教えてきてくださっているのです。
それは、アラム語についてです。
疑問のきっかけは、10年ぐらい前に「パッション」という映画を観たときに、イエス様がアラム語で話ていたことに発します。私はそれまではイエス様はヘブライ語を話していたのだと思っていました。イエス様が話すアラム語がとてもエキゾチックで新鮮な印象を持っていました。一方、イエス様を捕らえて十字架刑に処するローマの兵士たちはラテン語(?)を話しており、それが同じラテン語系列のポルトガル語とそっくりで、イエス様を迫害する立場に立つ者として、どーんと落ち込んだものでした。周りで観ていたブラジル人たちも同じような思いをいただいていたのか、みんな一様に首をうなだれて映画館を出たものでした。
それから聖書を読んでいるごとに、「アラム語で」と書かれた箇所が不思議にひっかかるのです。何を言っているのですか、教えてくださいと祈っていました。
それが最近、アラム語を話していたのは、イスラエルを攻めてきていたアッシリア軍の兵士たちが話していた言葉だったことに気がつきました。ウィキで調べたところ、イスラエルの民が捕囚でて引かれていった後、アラム語は中東一帯の国際共通語として、商業・外交で使われるほどにその地域に広まったそうです。
イエス様はいわば敵国の言葉であるアラム語を習得しておられ、宣教の働きのために積極的に使っていたのでした。当時のユダヤ地方では数か国語話せる人は少なくなかったのです。相手が何語を話すかによって言葉を変えていたのです。イエス様はエルサレムに上ったときに、宗教家の方々と議論したと言われていますから、ヘブライ語ももちろん話せたのでしょう。しかし、民衆に対しては彼らの日常語であるアラム語で話しかけていたのだと思われます。
私がこのブログで使っている「エパタ」という名前も、「開け」という意味ですが、新約聖書で出てくる言葉の中で、ヘブライ語かアラム語かと言われている言葉の一つだそうです。時に応じて、聞いている人々がより理解しやすく、心を合わせやすい言葉を、イエス様が使っていたことがわかりました。
このアラム語ですが、イエス様が使ったアラム語は今は絶滅の危機で、シリアのダマスコの近郊の町々他3か所だけで用いられているのみだそうです。そのうちの1つはキリスト教徒の町だそうです。イスラム教ばかりだと思っていたシリアにもキリスト教徒がいたのです。今紛争が起こっているホムスという町もキリスト教徒が多い町で、彼らは迫害されていると言われています。
さらにイエス様に尋ねていきたいと思います。
PS
ちなみにここ、アラサトゥーバではまだ「レ・ミゼラブル」は始まっていません....。