2013年10月23日水曜日

体験談シリーズ・リオデジャネイロで女性の鼻の病気が治った


2007年にリオデジャネイロに日本から宣教チームが来て、癒しの祈りをしていただいた後、みるみる皮膚がきれいになった。 自分でもびっくりしたが、グァララペスの周りに住む人々が「肌がきれいになったねぇ~」と言うようになった。3人の人に同じことを言われた。

その当時、(ホザンジェラさんのお父様が癒されたとは知らず)国際伝道センターの有志と伝道に出た。公園で日本語とポルトガル語で賛美をして、その後教会のパンフレットを配りながらベンチに座っている人々に話しかけていった。

ある女の子がうつろな表情で座っていた。ホザンジェラさんが話しかけた。彼女は自分はスピリティズムを信じていると言った。ホザンジェラさんは神は頭の中だけの存在ではなく、生きていると言った。

彼女は自分の悩みを話し始め、「鼻の病気が見つかり、会社を首にされそうだ。今日も病院に行って検査をしてきた」とレントゲン写真の入った大きな封筒を見せてくれた。

私は自分はひどい皮膚病で小さい時から苦しんできたが、神様が癒してくださり、きれいになったと自分の腕を見せた。その後、ホザンジェラさんが「イエス様を信じますか」と聞くと、彼女は「信じる」と言い、私たちと一緒に受け入れるお祈りをした。

それから皆で彼女の鼻に手を置いて祈った。彼女は感動して、もし治ったら教会に感謝しに行くと言った。後日、ホザンジェラさんから聞いたところによると、彼女の病気は治り、彼女の言葉の通りに教会に感謝しに来たそうだ。主をあがめます。2010/05/16記す


Isso aconteceu no Rio de Janeiro. Eu estava participando uma equipe de evangelizãção da igreja com os irmaõs. Nós fomos ao parque e começamos a cantar hinos. Muitas pessoas estavam no parque e nos ouviam. Depois de acabamos a cantar hinos, começamos a distribuir folhetos e convidamos as pessoas à igreja. Aí vimos uma moça sentada no banco aparentemente abarada com um envelope de exame médico. Uma moça da nossa equipe
falou com ela, passando o folheto. "Jesus te ama. Ele é a solução de todos os problemas."

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Ao receber o folheto, moça que estava no banco falou, "Sou espirita, mas tenho problema. Acharam uma doença no nariz e eu vou ser mandada embora do meu serviço...."
Aí a moça da igreja respondeu Jesus te cura. Vamos aceitar Jesus agora. Oramos para você. Eu também falei,"Tinha doença grave na pele, usava muitos remédios. Jesus me curou e libertou!" Ela orou aceitando Jesus como Salvador e Senhor naquele momento e também oramos
para que ela ser curada o nariz dela, colocando nossas mãos sobre o nariz dela.
Depois de oração, ela falou "Se esta doença for curada, eu vou à igreja para agradecer."

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Depois a moça da igreja falou para mim que ela apareceu na igreja, dizendo "Não detectou a doença no exame! A doença sumiu! Eles não me mandaram embora. Estou continuando no serviço."
Ela falava para ir à igreja agradecer. Foi isso mesmo que aconteceu.
Eu louvo ao Senhor Jesus e dou toda honra e a glória ao Senhor.

体験談シリーズ・グァララペス男児のアレルギーが治った~with English translation


200512月25日クリスマスの夜、教会の礼拝で2歳の男の子が突然泣き出した。礼拝が終わってもまだ泣いていた。母親がおかしいと言い出した。洋服をめくって足などを見ていると、体中に足やお腹などに赤い点々があるのに気づいた。「アレルギーだ。虫にでも刺されたにちがいない」と言った。教会の方がバイクを飛ばして薬を買いに行った。

母が子をベッドに横たえ、「病院に行かせるべきだ」と言うと、かわいそうだなぁ、でもどうしようもないと思った。その時(聖霊だと思うが)こういう時こそ、祈るべきじゃないかという思いが来た。教会の礼拝で「人の癒しのために祈る時には心を集中させて、その人が治るように心を込めて祈る」と語られていたので、それを思い出して、異言で祈りつつ、額に手を置いた。男の子は真っ赤になって泣いていた。額が熱かった。

しかし祈り始めて数分で熱が引いていくのがわかった。彼は泣きやんだ。母親が体を調べると、赤い点々は消えていた。びっくりしていた。彼はにこにこして、もう一人の男の子と走り回って遊びだした。バイクで薬を買ってきた教会の方も「どうして治ったんだ?」と言っていた。主が癒されました。主をあがめます。2010/03/28記す


Era uma noite de vespera do Natal.
Eu estava assistindo o culto da igreja em Guararapes.
Un menino começou a chorar e a mãe dele o levou fora da igreja.

Mesmo depois que acabou o culto, ele continuava chorando.
Todos estava estranhando porque ele chorava.
A mãe dele viu os pontinhos vermelhos na perna,
barriga e no pescoço dele.
Ela falou, É que os bichos picou nele. e a alergia.
Um dos membros da igreja correu para comprar remédio.

A mãe deitou o menino na cama.
Ela falou, Tem que levar ao hospital.
O marido dela estava preso.
Eu pensei, Que coitado. Nao tem como fazer...
Mas, logo eu pensei assim também,
Exatamente nesse momento, não é a hora que eu preciso orar por ele?
Acho que foi o espirito santo que me falou.
E eu coloquei a mão sobre a testa dele e começou a orar concentrando a minha mente
para ele ser curado nesse momento.

Eu senti que o menino estava com fevre alta, porque a testa dele estava quente.
Quando eu orava com a língua, o menino parou de chorar.
Depois de oração, eu senti que a fevre sumiu e abri os meus olhos.
O menino estava calmo.
A mae do menino viu o corpo dele
e achou que os pontinhos vermelhos sobre o corpo dele inteiro também sumiram!!

Glória a Deus!!

O menino se levantou da cama e começou a brincar com outros meninos rindo.
O membro que saiu para comprar um remedio,
voltou e estranhou. Foi o Senhor que o curou.
O Senhor Jesus é que vive agora e cura.


It was a night of Christmas eve.
I was participating at the church service in Guararapes.
A boy began to cry and his mother took him outside the church.

Even after the service ended, he kept crying.
Everyone was wondering why he was crying.
His mother saw the red dots in his leg,
belly and his neck.
She said, it was because the bugs stung him and allergy.
One of the church members went to buy medicine for him.

His mother laid the boy on the bed.
She said, I have to take him to the hospital...
Her husband had been arrested.
I thought, "What a pity, but I can't do anything for him ..."
But soon I thought like this too,
"Just then, is it not the time that I need to pray for him?"
I think it was the holy spirit who told me.
And I put my hand on his forehead and I began to pray concentrating my mind
for him to be healed at that time.

I felt that the boy had a high fever because his forehead was very hot.
When I prayed with tongues, the boy stopped crying.
After the prayer, I felt the fever had gone and I opened my eyes.
The boy was calm.
The boy's mother checked out his body
and she found that the red dots on whole his body had gone !!


Glory to God !!

The boy got up from bed and he began to play with other boys laughing.
The member who went out to buy a medicine came back and surprised.
The Lord Jesus healed him.
He is now alive and heals.

2013年10月22日火曜日

体験談シリーズ・指先のタコが取れた!


ある時、私は右手の中指の先に白い角質ができているのに気がついた。直径1センチほどの大きなものであった。その指の爪も変形しており、他の指の3分の2くらいしかなかった。ペンだこがそんなところにできるはずはないし、やけどでもしたかなと思ったが、そのままにしていた。

それから23年経って、祈ってみようと思い立った。タコのできている部分を左手で覆いながら、癒されますようにと毎日祈った。

一週間ほど経った12月末、私は家の大掃除をしていた。トイレの手洗いのシンクを洗っていた時、その指をシンクの側面に強く打ちつけてしまった。いつもは爪があるはずが、直前に爪を短く切っていたために、そのタコを直撃してしまった。かなりの痛みを感じたが、すぐに癒しの祈りをした。

タコの部分が内出血していて、黒くなってきた。毎日癒しのために祈った。さらに一週間ほど経った時、黒ずんでいたタコの間から新しい皮膚が出てきていたのに気がついた。どんどんその新しい皮膚の部分が大きくなり、黒ずんでいた皮膚が剥がれだした。ついにポロッと落ちた。跡形もなく。さらに爪も伸びてきて、他の指と同じ大きさになった。主をあがめます。2011/01/15記す。

Um dia eu percebi tinha uma pele branca queratinizada na ponta do dedo médio da mina mão direita que media mais ou menos 1x0.7cm. Eu lembrei que era 2 ou 3 anos atrás(pensava que era queimadura sem saber, mas talvez poderia ser uma marca de caneta ou de teclado). A unha também reduziu cerca de dois terços de qualquer outra unha. No final de dezembro, eu bati na borda da pia essa ponta do dedo forte enquanto limpava o banheiro. Isso aconteceu porque eu cortei de mais minhas unhas do que o habitual e a parte que bati ficou preto por causa do sangramento interior daquela pele branca queratinizada. Eu comecei a agradecer ao Senhor Jesus por isso. Mas, dóia muito, orei para ser curada. A dor continuou cerca de uma semana, orava para cura todos os dias. Aí, foi na semana retrasada, no meio dessa pele que ficou preto, o nova pele apareceu! E a pele antiga caiu. Um dia caiu a parte direita e outro dia caiu outra metade também. Ele curou a ponta do meu dedo e caiu a pele branca que tinha faz tempo. Glória ao Senhor Jesus.

体験談シリーズ・心臓発作の危機からの回復


2007年9月、日本から宣教チームを迎えました。飛行機が大幅に遅れ、税関を出るのに手間取り、チームの一人が結婚指輪を失くしたことに気づいて、取りに走り、サンパウロを出ようとしたら、ぐるぐる迷いながら、時間が経ち、予定がリオデジャネイロだけになりました。

車の中で、私の携帯電話が鳴りました。リオの集会場所を貸してくださる教会の事務局の方、ホザンジェラさんからでした。お父様(86歳でした)が心臓発作でその一週間前に倒れ、集中治療室へ入院されたとのことでした。連絡を聞いた時、私は思いました。なんてことになったんだろう。このタイミングで果たして集会はできるのだろうか。

私は彼女の口から病名を聞いた時、その前にグァララペスの日系人が同じ病名でお父様を亡くされたのを思い出し、最悪の状況を思い描きました。しかし感謝をしていました。

チームの方々とともに、祈祷会をしていると、祈りの中で預言があり「病人のことを聞いたら、病院に行ってでも祈りなさい」ということでした。気になり、ホザンジェラさんのことを牧師に言ってみました。すると病院に行くことになりました。

二人牧師が部屋に入り、私は通訳として入れてもらいました。部屋に入ると、ホザンジェラさんのお父様と見られる男性がぐったりと横たわっており、壁に設置されたテレビ画面の心電図が力なく波打っており、これは危険なのではと思いました。牧師二人が手を置いて祈り、私は心を合わせました。

集会は祝福され、チームは日本に帰国しました。私はいつ亡くなりましたという知らせを聞くかとびくびくしていました。しかしある時、半年以上経って、思い切って聞いてみました。

「お父様はいかがですか?」
「あれは神様です。跡形もなく、一週間もしないうちに退院した。神の癒しです」
「え~~っ?」

家を訪問すると、ぐったり横たわっていた人が、元気になって、食べたり、話をしたり、歩いたりしていました。あまりに信じられず、彼が話をしたりするたびごとに私は「主に栄光!」と言いました。いま90歳です。主をあがめます。2010/04/11記す

2013年10月16日水曜日

リオデジャネイロ旅情報③



マラカナン・サッカースタジアムで夜の試合を見てから地下鉄で帰ってきても、カテッチ駅から人通りの多い繁華街を通るのでより安全な地域にあるヴィトーリア・ホテル。少し見にくいですが右側のライトが灯るあたりに看板が。値段は90レアル(5千円くらい。値上げがなければ)。リオデジャネイロは観光地なので、どこも高いです。ビーチは最低でもこの二倍以上。ラップトップを預けて無事帰ってきました。オーナーさんがいい人で、早朝着いてもチェックインさせてくれるし、しかも「朝食、食べな」と言ってくれる!(^^)

難点はホテルにWi-Fiがないこと。その点は、短期滞在の場合は成田空港でレンタルするか、少し出費できるなら秋葉原のラオックスでSIMロックフリーのアイフォンを買って、ブラジルでSIMカードだけ買っていれると使えます。その場合、誰かブラジル人の友達がいてCPF番号を貸してくれる必要がありますが。注:TIM社の場合、ボックスで買うSIMカードではなくて、看板を出している代理店に行けば、Internacional visitors で旅行者でもパスポートでOKなようです。

聞くところによると、日本人のサッカー選手が修行で来てて、このホテルに長期滞在していたそうな。名前とポジションも教えてくれて、「いまどうしてるかな~、かなりうまかったぞ」と言われたが、う~ん、わからない....。温かい人々に囲まれて、彼も楽しいブラジル生活だったでしょう!



2013年10月15日火曜日

リオデジャネイロ旅情報②



リオデジャネイロ市とニテロイ市をグァラナバラ湾経由で結ぶフェリー。市民の通勤の足として使われています。値段は確か200円くらいでした。サントス・ズモン空港に着陸寸前の飛行機が迫ってきたり、安く安全にリオデジャネイロの景観を楽しめます。

乗り場はリオデジャネイロ市側はプラッサ・キンズィ(ⅩⅤと記されることもある15の意味)。かなりわかりにくい。この近辺はバスしかアクセスがないので、やや中級者向けかも。

 


 
ニテロイ市側はわかりやすい。
 
 
 

リオデジャネイロ旅情報①

こんにちは、エパタです。

以前に書きましたリオデジャネイロの思い出の続きを書きます。これは私が他のブログに書いたものと同じ内容です。



眺めやビーチへアクセスを考えるとコパカバーナがいいですが、ホテルの値段が…。夜10時以降でも人通りが多いカテッチ通り(Rua do Catete)の辺りにも安めの宿がけっこうあります。繁華街の中に地下鉄駅があるので、夜遅く戻っても安全です。(写真はコルコバードの丘へ行くラランジェイラス通りとカテッチ通りの交差点にあるマクドナルド)

2013年10月7日月曜日

イタリアからのアクセスがありました

こんにちは、エパタです。
 
初めてイタリアからのアクセスがありました。イタリアからのご訪問ありがとうございます。(^O^)

エルサレムの平和のために祈る集会

こんばんは、エパタです。

東京で開催された「エルサレムの平和のために祈る集会」に、ブラジルから中継しました。以前投稿したメシアニックジューのイェフダさんと奥様のサラさんもユダヤ人の服装で参加してくださいました。イェフダさんは、日本でこのようなイベントが持たれていることに感動しておられました。
ご協力を心から感謝いたします。


Para "reunir para orar pela paz de Jerusalém" em Tóquio, fizemos transmissão ao vivo do Brasil. O senhor Yehuda que é um judeus messiânico e a esposa dele Sara também participaram com vestuário tradicional judaico. O senhor Yehuda expressou impressionado que tal evento foi realizado no Japão.
Agradeço a colaboração.

2013年9月10日火曜日

牛乳2パック

こんばんは、エパタです。

夕方頃私はスーパーに買い物に行きました。

すばやく買い物をし....たつもりでしたが、家に帰ってくると、買ったはずの牛乳2パックがない! レシートを調べると、レジを通過しているので、レジのところに置いてきてしまったらしいのです。

いつもは袋に詰めてくれる店員さんもいるので、忘れたらわかると思いますが、その時は急にレジの人が「水が飲みたい」と言って、袋詰めの青年が水を取りに行ったので、いなかったのでした。

私はばかだなーと思いながらも、自分を責めても悔やんでも仕方がないので、聖書に書いてある通り、感謝することにしました。

すると、2パックで6レアルする牛乳(350円くらい)、ちょっと痛いが、レジの人にあげたと思えばいいじゃないかと思えてきました。

すると、スーパーに電話してみようという元気が出てきました。袋に書いてある電話番号に電話してみました。

すると、夜遅くにもかかわらず、受付の人が出てくれました。「レシートにはあるが、家に帰ってきたら牛乳2パックがない。レジに忘れたと思う」と言うと、その部署へ電話を回してくれました。何度も何度も呼び鈴がなるが、誰も出ない、同じ人が2回、3回と出る。無理かなとあきらめかけたが、粘っていると、やっと違う人が出ました。先ほどと同じことを言うと、少し時間があり、「あー、牛乳2パックね、とってあるよ、取りに来な」と二つ返事。

神様に心から感謝しました。それから、ブラジルも盗人がいなくなっているなーと、再び感心しました。
 

2013年8月30日金曜日

健康診断に行ってきました

おはようございます、エパタです。

今年の分の健康診断がまだだったので、このままだらーりしていると、今年がもう終わってしまうと思っていました。すると、家の大家さんが「町の体操に行く」と言うので、どういうことをやるのか聞いてみると、ボランティアでお医者さんが来て、血圧や血糖値などを計ったり、健康のためのオリエンテーションセミナーをしてくれるとな。そこで、今日行ってきました。

血圧も血糖値も正常でした。

その後、お医者さんのセミナーがあり、病気を予防するために必要なことのセミナーを聞きました。医療用語の難しいポルトガル語を久しぶりに聞く、良いチャンスとなりました。

2013年8月22日木曜日

パンフレットを持って行きました

こんばんは、エパタです。

いつもお世話になっている日系の定食屋さんに、先日作成した「日本の児童養護施設設立のための寄付のお願い」のパンフレットを10部持って行きました。

久しぶりだねぇ~と言われてしまいました。

そして、以前も投稿した伝道所カフェに行きました。少しナマッていたポルトガル語も少しブラッシュ・アップされたか? どうかはわかりませんが、いろいろ話を聞いていただいて、解放された感じです。

昨日の夜、真夜中に目が覚めてしまい、ずっとお祈りをしていたら、ヘブライ語の歌の歌詞ができました。第二歴代誌20:22から取りました。意味は「私たちが歌う時、何かが始まる。私たちが喜ぶ時、主の奇跡が起こる。喜びの声を上げよ。主に賛美の声を上げよ」です。

変なヘブライ語かもしれません。^^
どちらにしても、主にご栄光を返します!!

間違いをどなたか直してくださいますように。そして、締切に間に合って曲が与えられますように....。

PS
語学添削サイト(http://www.lang-8.com)の友達が添削してくださいました! そして素晴らしいアイディアだと思いますが、ひらがなで読み方を教えてくれました。感謝します!!

 


2013年8月16日金曜日

クリスチャンになった時の体験談を話しました!

*写真を追加しました。

こんにちは、エパタです。

朝、私が住んでいる家の大家さんが電話をくださり、お昼ご飯に誘ってくださいました。

その帰り道、彼女が「あなたはどうやって今の教会に行くようになったの?」と質問してくださいました。そこで、高校生の時の悩みから始めて、東京で下宿生活をしている時に今の主の十字架クリスチャンセンターの方からイエス・キリストの話を聞き、夜明け頃十字架による罪の赦しを受け入れて、悔い改めの祈りをしてイエス・キリストを信じる祈りをしたことを話すことができました。と~ても緊張しました。

また、私はどうしてか、彼女は日本語を読むのが好きでないという思い込みがあって、教会の出版物を渡さなかったのですが、彼女が「日本語の本を読むのが好き」と言うので、家にあった「み声新聞」を贈呈させていただきました。

このような機会を与えてくださった主イエス様にご栄光をお返しします!

2013年8月12日月曜日

シオンの丘とダビデの町について(訂正)

こんにちは、エパタです。

先日はシオンの丘とダビデの町が同じだったという趣旨でブログを書いてしまいましたが、後日地図を見ていたら、ちょっとずれていることがわかりました。

私は地図を見ているのが大好きなのですが、イスラエルの地図はどれだけ見ていても飽きません。

先日ブログの中で紹介した聖書に出てくる「ダビデの階段」(ネヘミヤ記など)と思われる遺跡や「シロアムの池」と思われる遺跡は、緑色で囲った「ダビデの町」の中にあります。いわゆる東エルサレムに位置し、現在の名前はシルワンというアラブ人地域です。

最後の晩餐の間がある教会などの歴史的建造物があるシオンの丘は、オレンジ色で囲った地域です。聖書でいう「シオン」と現在使われている地名が同じかどうかはわかりませんが、一応近いが同一ではなかったことがわかりましたので、ご報告します。

ついでにわかったのは、エルサレムの管理についての線が白い点線で、シオンの丘は問題なく左側のイスラエルの管理下にありますが、その右側にあるダビデの町は考古学的に重要な地域で、イスラエルとアラブとが管理の権利を主張し合っている地域だそうです。

2013年7月31日水曜日

ツィッターを追加しました

こんにちは、エパタです。

プロフィールに私の個人的ツィッターを追加しました。また後で復習できるように、メモを書いておきたいと思います。

メモ
画像を張り付けて、ツィッターをリンクするには。

<a href="(ここにリンクするアドレスを入れる)"><img src="(ここに画像のアドレスを入れる)" alt="(ここに画像の説明を入れる)" width="50" height="50"></a>

別ウィンドウで開く場合は、リンクするアドレスの後ろに以下を入れる。
target="_blank"

画像に枠を付ける(シンプル、3ピクセル、白)場合は、サイズの後ろに枠の種類、サイズと色を入れる。
style="border:solid 3px #FFFFFF"

2013年7月29日月曜日

できた!

またまた、こんにちは、エパタです。
できないと思ったら、Google Chrome ではできていました。

(メモ)
ちなみに、ファビコンとはアドレスの横などに現れる小さな正方形のアイコンのことです。以下は自分のためのメモです。

ファビコンを追加する場合、「ヘッダー要素」つまり、<head></head> の中に、「リンク要素」<link></link> として追加します。そのタグの中に、rel="icon" を入れて、href="" を使ってリンク先を、type="" で画像のタイプを指定します。私は .png 画像を使ったので、type="image/png" となりました。

PS
後日見たらIEでも見れました。


ついでにバナーまで作ってしまいました。


ファビコン?

 
こんにちは、エパタです。

ブログのファビコンを追加しようとしているのですが、できません(汗)。

格闘中です。

2013年7月28日日曜日

コレ、いい~(追記の追記)

こんばんは、エパタです。

前回、前々回に書かせていただいた聖書朗読アプリのレビューの続きです。

まず、日本語アプリはその後も探しましたが、他にないので、今のところ一番気に入っているのは、「日本語聖書」。これには難点もあって、音声を自動的につぎ合わせたようで、音読みの仕方が間違っていたりします。

たとえば、「主」は神様のことで「しゅ」と読むところ、「おも」と読んでいたり。「万軍の主」が「よろずぐんのしゅ」であったりで、多少違和感は感じますが、機械的な音のほうが、私的には、長時間聞いているためには聞きやすいと思いました。

そして、英語です。

まず、新約聖書の朗読はよりどり緑なのですが、旧約の朗読は非常に少ない。(無料の場合です)
前々回にご紹介した「SpokenWord Audio Bible」なのですが、日本語で「主」の箇所がすべて「ヤーウェ」となっていて、最初は気にならなかったのが、だんだん耳につくようになり、他のアプリを探しました。

そこで見つけたのが「Bible Is」のアプリでした。これは「主」のところが「Lord」で良いなぁと思って聞いていたのですが、時々聞き取りにくいのです。なんと動詞が旧式で「~th」がついていたのでした。それでまた他のアプリを探しました。

それで見つけたのは、「日本語聖書」の英語バージョンで、「英語聖經」というもの。中国製(?)かで、使い方が中国語(?)らしいのでその点は使いにくいかもしれないのですが、聞こえてくる英語自体は今までで一番気に入ったアプリです。

長々と書いてしまいましたが、おススメで~す。

2013年7月26日金曜日

コレ、いい〜 (追記)


こんばんは、エパタです。

日本語の聖書朗読アプリも見つけました!

日本語は「日本語聖書」で検索すると、見つかります。
ポルトガル語の聖書朗読アプリは今のところ知りません。見つけたら、教えてください!

ついでに!
なんとヘブライ語の新約聖書朗読を見つけてしまいました。ツボにはまり中。
Bibile Is というシリーズの中にいろいろな言語の朗読があり、ヘブライ語もありました。旧約の朗読は残念ながらありませんでした。イエス様が話された言葉がアラム語で、ヘブライ語はアラム語と非常に似ていたそうなので、ほぼイエス様が言った言葉で聞けます。

Good day 〜💝

コレ、いい〜


こんにちは、エパタです。

私は日課で聖書を毎日少しずつ読んでいます。

大変な時期もありましたが、このごろだいぶ慣れてきました。

慣れると、怠け心が...。

読むと目が疲れるので、聞くことにしました(^^)。

アプリを探しましたが、日本語もポルトガル語もありません。(知っている方教えてください)

とりあえず、英語で。ヒアリングの訓練にもなります。

2013年7月23日火曜日

「雲の間にある虹8月号」が届きました

こんばんは、エパタです。
私が原稿を書かせていただいた「雲の間にある虹8月号」が届きました。出版社の皆様ありがとうございます。
また、原稿を書くために題材にさせていただいたアルファさんに、メールにてポルトガル語訳をお送りしました。ご協力を感謝いたします。見本も贈呈として郵送させていただきました。

2013年7月22日月曜日

癒しのために祈ってきました

こんばんは、エパタです。

近所に住む日系人のOさんの家の前を通ったときに、ちょうどOさんが家の前におられました。そして、娘さんのために癒されるよう、お祈りをしてくることができました。
主がOさんに触れ続けてくださいますように。

2013年7月16日火曜日

偵察

こんばんは、エパタです。

以前アラサトゥーバ市の地図を見ながら、主の導きのある場所へ行く(「足で踏む所は与える」とのヨシュア記の御言葉から)ことをやっていたのですが、しばらく止まっていました。この頃またそれをやるように主が導いておられることを感じました。



以前地図で見て行ってきた通りを最近通る機会があったので、ちらっと見たら、日系のオーナーのインターネットカフェがなくなっていて、他の建物になっていました。そのネットカフェには、英語版のミッション誌を渡して、「宣教師です」と言ったら、とても良い当たりだったので、残念です。

今回は、その建物の近辺から再スタートすることにしました。御言葉は「足で踏む」なので、行くこと自体が目的ですが、み声新聞と英語版のミッション誌を持って、自転車で出かけました。

その建物はよーっく見ると、子供のパーティー用貸会場になってカラフルに塗られていました。

その通りの一本奥まった通りに入って、自転車でしばらく徘徊していると、大きなスーパーがありました。スーパーを見学するのは、私の趣味でもあるので、駐車場にとめて、中に入りました。荷物預り所のところに日系人の中年の男性がいたので、「すいません」と声をかけると「はい」と日本語で返事が返ってきました。そこでさっそく持ってきたみ声新聞を差し上げました。「私は宣教師です」と言って、英語版のミッション誌も差し上げました。さらに「イエス・キリストは私たちの罪のために十字架にかかって死んでくださいました。このことを信じますか」と言うと、「はい、信じます」と言っておられました。この方に主が働きかけ続けてくださいますように。

スーパーの感じは、私はいつも行っているスーパーと比べて、ずいぶん高めでした。このスーパーを利用している人々はかなり生活水準高めと思われます。その中でもサービス品だった粉石けんとヘーゼルナッツ入りチョコレートを買って出てきました。駐車場のところで、私の自転車の後ろにビシーッとバイクをとめられて、出ようがなく困っていると、通りがかりの男性がバイクを一台動かして通り道をつくってくださいました。古き良きブラジルがまだ残っているのを見て、心より感謝しました。

新しい所に足を踏み入れ、さらに福音を語ることまででき、非常に解放感を感じることができました。また次の導きがあるように祈っています。すべての栄光を主イエス・キリストにお返しします!

2013年7月11日木曜日

軽い話

こんにちは、エパタです。 もう少し軽めの日常的なことは、こちらのブログに書いています。よろしくお願いします(^^)。

2013年7月10日水曜日

O meu encontro com Jesus (with English translation)

どのようにイエス・キリストを信じるようになったかをお話しします。

私の身近には教会もなく、クリスチャンもいませんでした。私の家には大きな仏壇があり、小さい頃、母が「嘘をつくと、地獄の大王が舌を抜かれるんだよ~」と言っていました。死んだら何が起こるんだろうと思うと恐ろしかったです。

高校の時、ある先生がその疑問を解いてくれました。先生は共産主義思想について話してくれました。人間は物質と同じで、死ねば命は終わる。何もかも終わると。それで私の死んだらどうなるかという恐れはなくなりました。しかし、別の疑問が湧いてきました。それなら、なぜ生きるのか? 大きな虚しさを感じました。

ある時私は一人のクリスチャンに出会いました。彼女は「神様はいる。私たちの祈りを聞いてくださり、語ってくださる」と言いました。初めてそのような話を聞きました。私にとって神とは、天地を創造したかもしれないか、どこか遠くへ行ってしまった存在でした。イエス・キリストを受け入れませんか? と誘ってくれました。私はイエス・キリストを心に受け入れる祈りをしました。明け方5時ごろでした。

それから教会に通うようになりました。牧師が説教の中で言っていました。「私たちそれぞれに神様は人生の計画を持っておられます。私に対する計画は何ですかと祈り求めました。聖書のイザヤ書43:19-21から語ってくださいました。そして、「ブラジルへ行きます」と語ってくださいました。

その後、教会に来ていた女性がブラジル人男性と結婚されました。そのブラジル人の教会に私たたちの教会の牧師が招待されました。牧師がブラジルに行くことになり、18人の短期チームを結成し、私もその一員になりました。

ブラジル人の教会の一人のメンバーが私の教会の話を聞いて、ブラジルでの働きを協力したいと申し出てくださり、私はブラジルに残ることになりました。その後、ブラジルの永住権も取得して、いまもブラジルに住んでいます。イエス・キリストをほめたたえます。

Olá, a Epata está escrevendo.
Eu nunca tinha visto um cristão no meu redor e não tinha alguma igreja perto da minha casa no Japão. Na minha casa, tinha um altar budismo grande e a minha mãe dizia sempre se a gente mentir, o rei do abismo vai arrancar a lingua da gente. Eu ficava com medo de altar e com o que ia acontecer quando eu morrer.
No colégio, tinha um professor que resolveu esse dúvida. Ele falava sobre um pensamento comunismo. Eles acham que seres humanos são iguais à materiais e quando a vida da gente acabar, acaba tudo. Com essa explicação, o meu medo sobre a morte, acabou.
Acabou o medo, mas a outra dúvida subiu na minha mente. Então, se acaba tudo, para que eu vivo nessa vida? O que é o objetivo da minha vida? Aí, eu tinha um buraco profundo no meu coração.


Depois eu encontrei com uma moça que era cristã. Ela falou, "Deus existe. Ele ouve as nossas oraçõese ele nos fala." Era primeira vez que ouvi isso. Para mim, Deus, pode estar criando a terra, mas abandonou e foi embora longe. Naquela hora ela me convidou para aceitar Jesus como o meu salvador e Senhor. Eu o aceitei. Nos estavamos conversando bastante e esquecemos a hora. Era cinco horas da manhã.
Comecei a frequentar à igreja. Nas mensagens da igreja, o pastor falava assim, "Deus tem um plano para cada um de nos." Então, comecei a buscar a Deus para saber qual era para mim. Deus falou para mim através de Isaias 43:18-21. "Eu te enviarei ao Brasil." Aí, uma moça da igreja se casou com um brasileiro. Eles planejaram a ir ao Brasil. O brasileiro conhecia muitas igrejas e entrou em contato com os pastores para nos convidar a pregar nas igrejas. Naqueles dias eu assisti um video sobre o Brasil, o país que tem um horizonte maravilhoso. Eu entendi que a palavra de Isaias realmente dizia sobre o Brasil.

Uma equipe com 18 pessoas chegou ao Brasil em primeira vez na história da nossa igreja. Aí então, eu vim com eles. Desde então, fiquei no Brasil e agora consegui o visto permanente. Eu fico muito feliz vendo Deus realmente fez o que ele falou. Dou toda honra e glória somente ao Senhor Jesus.


I want to share with you how I met Jesus. I had never seen a Christian in my surroundings and had a church near my home in Japan. In my house, there were a large Buddhist altar. My mother always said if we lie, the king of the abyss would take away the tongue of those who lie. I was afraid of the altar and what was going to happen when I die. In high school, I met a teacher who solved this question. He talked about a thought communism. They think human beings are equal to materials and when one's life is over, it will be all over. With this explanation, my fear of death ended. My fear ended, but another question came to my mind. So if it's all over, why I live this life? What is the purpose of my life? Then I felt a deep hole in my heart. Then I met a girl who was Christian. She said, "God exists. He hears our prayers and he talks with us." It was the first time I heard it. For me, God, may be creating the earth, but left and went away. At that time she invited me to accept Jesus as my Savior and Lord. I accepted. We were just talking a lot and forget the time. It was five o'clock in the morning. I started going to church. In the message of the church, the pastor spoke, "God has a plan for each one of us." So I began to seek God to know what was for me. God spoke to me through Isaiah 43:18-21. And I received a profecy that said, "I will send you to Brazil." Then, a lady in the church married a Brazilian. They planned to go to Brazil. He knew many churches and came into contact with the pastors to invite us to speak in their churches. In those days I watched a video about Brazil, the country that has a wonderful skyline. I really understand that the word of Isaiah could be saying about Brazil. A team of 18 people arrived in Brazil at the first time in the history of our church. So then I came up with them. Since then, I could stay in Brazil and now get a permanent visa. I am very happy seeing God did what he said. I give all honor and glory to the Lord Jesus only.

לברזיל

אני יפנית ואני גרה בברזיל. אני רוצה לספר איך ישוע הוביל אותי לכאן.

תהיתי מדוע נולדתי ומה היתה המטרת החיי. לאחר מכן פגשתי נוצרית שסיפר לי, "אלוהים הוא חי. הוא מקשיב לתפילות שלנו מדבר אלינו." בשבילי "אלוהים" יכול להיות קיים וברא את הארץ, אבל הוא הלך למקום אחר. אז, חשבתי, "אם אלוהים קיים ויצר אותי, אולי יש לו איזה שהיא מטרה לחיי.


ואני קיבלתי את ישוע. מצאתי עבודה בחברת פרסום. זה היה מאוד כיף,אבל מה שבאמת רציתי היה לעבוד בחו"ל.אז התפללתי לישו (אני נהגתי להקשיב לו מבלי להבין את המשמעות). אז, מתפילתי עליו. הוא ענה לי ואמר, "את תלכי לברזיל." לא היה לי שום חברים הברזילאים. מה שידעתי על ברזיל היה רק הכדורגל הברזילאי,תפוחי אדמה ו קנה של סוכר. אחר כך ניסיתי לחפש על ברזיל. קניתי ספר עם קלטת בשביל ללמוד פורטוגזית ברזילאית. נהגתי להאזין לו בלי לדעת את המשמעות.


יום שכזה, היה לי חלום. בחלום הילדים היו סביבי אומרים משהו. הם נראו מתפללים. אחד מהם אמר, "אני יכול לראות את האור שבעיר הרחוקה." ואז התעוררתי. אדם הראשון שפגשתי בבית אחרי אותו חלום הייתה ילדה שראיתי בחלומי. זכרתי שהיא גרה בפריפקטורה של קאנאגאווה, כך שהיה לה קשה לבוא לכנסייה בטוקיו. כשפגשתי אותה, הרגשתי הרגשה מוזרה. אבל לא אמרתי לה, "אה, היית בחלומי קצת לפני."באותו הזמן, שירות הפולחן בכנסייה נערך בתחנת קוקבונגי על חלקו העליון של הבניין. אפשר לראות דרך המעליות הביניין, הנוף היה נראה טוב. כאשר הסתכלתי החוצה, מאחורי נכנסה קבוצת ילדים, אחד מהם אמר, "אה, אני רואה את האור שבעיר הרחוקה".




 

באותו זמן, נזכרתי שזה היה על אותן מילים, ששמעתי בחלומי. אפילו בעת קריאת התנ"ך, אני התרשמתי על ידי מילים כמו, "מוביל למקום גדול" או "לחיות שם".


בטלוויזיה, תוכנית תיעודית דיברה על ברזיל. אני גיליתי כי ברזיל היתה מרווחת מאוד בארץ כי יש לה אופק אינסופי. ופגשתי אנשים הברזילאים רבים.


יום אחד הצטרפתי לסיור בכנסייה לישראל. כאשר הסיור נגמר, עזבנו דרך נמל התעופה בתל אביב. ההינו קבוצה של 53 יפנים ולפנינו הייתה קבוצה של 38 ברזילאים. כל הברזילאים לבשו חולצות טריקו בעל הדפס של דגל משולב של ישראל ושל ברזיל.
ואז, פתאום, אחת הנשים של הכנסייה שלנו התחתן עם ברזילאי. והם החליטו לנסוע לברזיל להכרזת על נישואיהם. אחת המנהלי הכנסייה אשר הברזילאי היה חברו הזמין כומר שלנו. הוא בנה קבוצה של 18 איש לסיור. אני גם הצטרפתי אליהם. כאשר התאריך הגיע, אני חששתי כי "אולי אני לא יוכל לחזור ליפן." אז, התחלתי להשליך דברים משותפים כדאי לעזוב את יפן ללא כל חששות עליהם. לוח הזמנים היה אמור להיות בברזיל כשבועיים. אבל, בנו של מנהל הכנסייה שהזמין אותנו, שמע על הכנסייה שלנו, הוא החליט לעזור לנו. אני יכולתי לישאר עם משפחתו. הוא ידאג לאשרה קבע שלי. אז, אני יכול לקבל אשרה קבע בברזיל. אולם, זכרתי את האורות בשדה התעופה בסאו פאולו וגם הכביש היה חלש מאוד בתקופה ההיא. אבל עכשיו ברזיל מתפתחות.


אני מודה לאמיל שעזרה לי לכתוב את המאמר הזה


2013年7月7日日曜日

ポルトガル語の訂正がありました

こんばんは、エパタです。

先日書きました「白馬キャンプに誘いました」の記事のポルトガル語に間違いがありました。ブログを読んでくださっているブラジル人の方が訂正をメールにて教えてくださいました。感謝いたします。訂正文を赤文字で記してありますので、ご参照ください。

Olá! A Epata está escrevendo. Recebi um e-mail com a correção do texto que escrevi no artigo anterior. Muito obrigada!! Mande mais mensagens com o formulário abaixo. (1o quadro/ o nome, 2o quadro/ endereço elétrônico repetindo 2 vezes, 3o quadro/ a sua mensagem) Grata!!




2013年7月1日月曜日

なぜか⁈ 直った(^^)


こんばんは、エパタです。

サッカーブラジル代表コンフェデ杯優勝おめでとうございます!
 
さて、このアイフォン持つ前に使っていた中国製の携帯電話。チップ比べで中にいろいろな会社のチップを入れていたら、使えていたWi-Fi 経由のブラウザが使えなくなり、しばらく放置して置きました。今日ふとまたトライしてみたら、使えるようになった‼

ブログをパッと見るには便利だったので、使えなくなり、とても不便でした。

ある日本語のブログで、ブラジル人の問題解決の仕方の中に、「いろいろやってダメなら、放置する。そのうち解決する」というのがあって、なるほど確かにそうだなと思ったことがあったのですが、今回はブラジル式で解決しました。感謝しま〜す!

2013年6月24日月曜日

W杯ブラジル大会情報・その2

こんにちは、エパタです。

コンフェデ杯日本代表は負けてしまって残念です。いま私は「ブラジルに住んでいながら日本を応援するとは、裏切り者!」とのことで、「ブラジル人にはブラジル人のように」ブラジル人に右へならえで、スペイン・ナイジェリア戦を見ています。近所中からテレビを見ている音が聞こえてきます。

私のようにテレビがない人には、インターネットで見るというワザがあります。

ブラジルはこの試合の勝者と水曜日に対戦するそうです。



サッカーのポルトガル語は特殊用語があり、しかも速くて聞き取りにくいですが、聞き流しのヒヤリングの訓練には良いですよ♪♪

2013年6月19日水曜日

フィンランドからも !!

こんばんは、エパタです。
ついにフィンランドからもアクセスがありました!! ありがとうございます。この頃ヨーロッパからのアクセスが増えてきています。感謝♪♪

2013年6月15日土曜日

とうとう

おはようございます、エパタです。ブラジル国内からのアクセスが日本からのアクセスを上回りました。ブラジルの皆さん、ありがとうございます!! (^^)

チェコからも!!

こんにちは、エパタです。
チェコからの初めてのアクセス!! ありがとうございます!! プラハからでしょうか? (^^)

2013年6月13日木曜日

W杯ブラジル大会情報・その1

おはようございます、エパタです。

先日はW杯ブラジル大会に向けて、バックパッカーに魅力的な都市リオデジャネイロをご紹介するシリーズを書こうと思ったのですが、W杯の試合すべてがリオデジャネイロで行われるわけではないことがやっとわかったので、W杯情報と分けてこちらもシリーズで書こうと思います。

まずはW杯の前に、コンフェデレーションカップというのが、行われるようです。なんとブラジルと対戦です。6月15日ブラジリアにて16:00より、です。日本語ではNHKが生中継をやるようです。インターネットだけでなく、テレビでやると思いますが...。ブラジル時間は非常にわかりやすく、日本の午前と午後を入れ替えればOK。ブラジルの午後4時は翌日(つまり16日の日曜日)の日本の明け方4時です。徹夜する必要はありません。少し早起きすればよいのです~。日本のチームはブラジルにとっても、気を抜けないチームです。私はネイマールくらいしか知らないのですが (^^;)。W杯に向けて戦略を練る意味でも、よく勉強したい試合です。

2013年6月12日水曜日

グァララペスの風景(動画その2)



こんばんは、エパタです。グァララペスに行ってきました。動画も撮ってきました! 
これはバスターミナルです。

2013年6月5日水曜日

リオデジャネイロの思い出(その1)

こんにちは、エパタです。

サッカー日本代表の来年のワールドカップ出場が決定しました。おめでとうございます!
ワールドカップの後、2016年にはオリンピック開催ということもあり、日本からブラジルへの多くの観光客が来られるでしょう。ブラジルはバックパック旅行者にとって、リスクはありますが、魅力的な国です。

私は以前、リオデジャネイロに住んでいました。最初はサンパウロに住んでいて、教会の用事で一か月に一度のペースで通っていたのですが、一時期リオデジャネイロに住んだこともありました。

私には「心のふるさと」と呼んでいる所があり、1にイスラエル、2にロサンゼルス、3番目がリオデジャネイロです。以前少しそれに関して書いたこともありましたが、これから一年間は「リオデジャネイロ」が話題となると思いますので、ブログアクセスアップのためにも(!)、思い出す所でつらつらと書いていきます。

(参考記事)

心のふるさとリオデジャネイロ
貧しい地域の児童支援施設を訪問
ブラジルの接続事情シリーズ

2013年5月31日金曜日

母の腰の痛みがやわらいだ

こんばんは、エパタです。

母とスカイプで話し、祈ることができました。

そこで、2つの祈りの答えを見ることができました。

1つは母の腰が痛いことがあるとのことで、先週からその祈りの課題を祈り始めたのですが、今週は痛みを感じることなく過ごすことができたそうです。



2つ目は甥っ子たちの学校が過疎化で合併し、遠い所へ4月から通うようになったのですが、田舎者なので、良い友達ができるようにと祈っていました。すると、今月新しい住人が引っ越してきたそうで、楽しく学校に通っているのだそうです。「この頃いつもニコニコしている」そうです。

ハレルヤ! 主は祈りを聞かれます! 主にご栄光をお返しします‼



右下の黄色い家が自宅です


2013年5月23日木曜日

ポルトガル語訳をお渡ししました

こんばんは、エパタです。

先日、サンパウロに旅行しておられたイェフダさんより帰宅されたとのお電話がありました。そこで、私がイェフダさんについて書かせていただいた記事が載った月刊誌「雲の間にある虹5月号」と記事のポルトガル語をお渡ししました。

たいへん喜んでくださり、イェフダさんが所属しておられるメシアニック・ジューの教会ノバ・アリアンサ(日本語では新しい契約の意味)のブラジル全国レベルの会合がクリチバで開催されるので、その時に月刊誌を持っていって、リーダーの方イシャイさんに見せると言っておられました。感謝します。

2013年5月17日金曜日

ブラジルの法律その1- ウズカピアォン

こんにちは、エパタです。

私が初めてブラジルの土地を踏んだのは、1996年5月23日でした。ブラジルに暮らしてもう17年になろうとしています。

住めば住むほど、日本とブラジルは習慣や価値観に、ある場合は「正反対(ブラジル人によると)」と言われるほどの違いがあることを感じます。それがどこから来ているかと考える時に、やはり法律が違うので、おのずと価値観も違ってくるのだなと思われることがよくあります。そのブラジル人の価値観をつくり出しているのではないかと思う法律の一つに、ウズカピアォンという法律があります。日本語訳もあるようですが、いまここで書こうとしているのはブラジルの法律なので、混乱を避けるため、あえてリンクはしないことにします。基本的な考え方を知る上では、参考になると思います。

この法律は、どういう法律かと言いますと.....。たとえば、ある土地があり、空き家があるようです。もちろん他人の土地です。そこにある人が勝手に住み込み、1年たち、2年たちしますが、誰も何も文句を言ってきません。そこでその住み込んだ人が裁判所に、「これは私の土地です。X年O月から住んでいます。私の物であるとの宣言をお願いします」と文書を提出します。裁判所がそれを受け取り、その土地の所有者として登記所に登録されている名義人に対して、呼び出しをかけます。「これこれの者があなたの所有地について、自分の物であると申し立てているから、弁護しなさい」どの文書でもそうですが、裁判所の文書には期限があります。その期間内に弁護しない場合、その土地は、勝手に住み込んだ人の所有地となってしまうのです。

これは犯罪でも何でもなく、厳然と法律で保障されている権利なのです。この法律の考え方がどこから来ているかというと、基本的人権で保障されている居住権の保護の考え方から来ています。すべての人は、最低限の必要として、食べる物や着る物が必要であると共に、住む場所が必要であり、その権利は保護されるべきだとするのです。

このウズカピアォンという法律は、英語のuseからも察することができるように、ポルトガル語でも「使う」に関する言葉です。土地や建物は「使っている人の物」なのです。

日本人にとっては、信じられない法律です。しかし、ブラジルでは日常茶飯事として現行している法律です。いわば、常識なのです。ですから、空き地、メンテナンスができていない家というのは、誰もが目をつけます。勝手に住み込んで自分の物にしようともくろむことがないまでも、「これはいったい誰の.....? 取られても知らないよ」と自然に思うのです。

日系人の方々と話をして、これで土地や建物を失ってしまった人の話を何度も聞きました。また、新聞にはよくニュースで「侵入者が立てこもり、所有者との戦いになっている」などの記事を目にします。聞くところによると、政治的にそれらの動きを利用する団体まであるそうです。

いまだにびっくりですが、それが現実です。また、それを踏まえて対応していく必要があります。






 

2013年5月9日木曜日

グァララペス訪問のビデオ

おはようございます、エパタです。

アイフォンでビデオを撮影して初めて、編集というものを試みてみました。
いろいろ編集アプリを探しましたが、無料ではあまり良いのがなく、この CuteCut というのが、切ったり貼ったりがやりやすいアプリでした。画面が小さくなってしまうのが難点ですが。 

私はアレルギーがあって、何が原因か、途中から皮膚にかゆみが出て、あまり撮影することができず(以前は住んでいたのですが....)退散することになりました。

後で自分で聞いてみて、言葉に繰り返しとかムダが多い(-_-).....。特に「この場所が」というのを何度も言っています。

それはさて置いても、もっといろいろ風景を撮ればよかったと反省です。


2013年4月27日土曜日

祈りが聞かれた!

こんばんは、エパタです。

またまた私事で恐縮ですが...。

昨日は母とスカイプで話し、お祈りしました。だいたい毎週木曜日に話します。最近ではインターネットで何でも情報が手に入るので、いろいろ日本で起こっていることの世間話とか、何を食べたとか、体調はどうかなどを話し、祈りの課題を出して祈り合います。母は聞いているだけのことが多いですが、一言二言祈ってくれることもあります。日本に大きな地震が四年以内に70パーセントの確率で来るという意見もあるので、家族・親族が早く悔い改めでイエス様を信じて、災害から守られるようにも祈っています。

具体的な必要のためにも祈りますが、母が前回の先週の木曜日に出した祈りの課題は、私の弟についての課題でした。

弟は結婚して両親と同居していて、二人の息子がいます。弟は町内会の子供会の責任者をしています。千葉の田舎村なので、過疎化が進み、子供会のメンバーは弟の子供たち二人だけです。町内会では資源回収の係は子供会の担当で、実質的には資源回収の作業を弟一人でしなくてはいけません。

今回の資源回収の期限として町内会長さんから言われていた日にちは5月12日で、仕事をしている弟はゴールデンウィークを返上して資源回収の仕事をしないと間に合わない事態になっていました。弟は以前ストレスのため、内臓を痛めて入院したりしたため、体調も厳しい状態です。

そこで母が、「弟の資源回収の仕事のために祈ってほしい」が課題でした。

課題を聞いて、私は「イエス様、弟の負担が少なくなりますように。願わくは、資源回収の仕事がなくなりますように」と最初祈りました。すると、母が、「そうじゃなくて、一人でやっている仕事を町内会全体で負担してくれて、町内会全体の仕事になりますようにと祈ってほしい」と言いました。そこで、母が言うように祈りました。

すると、今週、母が言いました。「先週お祈りしてくれたでしょう。その通りになってきてる感じなのよ」とのことでした。父が町内会長さんに電話して、事情を説明したところ、町内会長さんも「実はリサイクルの業者の都合が悪くなって、5月12日には無理そうなので、そちらからもそういう事情を言ってきてくれたので...」ということで、期限がなくなったのでした。ゴールデンウィークには休めそうです。

イエス様が祈りに答えてくださいました!! ハレルヤ!

2013年4月20日土曜日

「雲の間にある虹」の新刊を出してきました

こんばんは、エパタです。
 
私が書いた号の月刊「雲の間にある虹5月号」が届きました。ありがとうございます。さっそくいつも置いていただいている伝道所カフェに行って、オーナーのアンナさん(中央)に売っていただくようにお願いしてきました。
 
お客様たちにも撮影にご協力いただき、感謝します。
 
下に掲載のように、ディスプレイさせていただきました。(イエス様、お店を祝福してください...。)


 


 そして、私は好物のキャロットケーキとコーヒー(2.50レアル/180円くらい)をいただきました。








このカフェでよく出る本は、これです(右下)。小さなカラフルな本。シリーズ物で、たくさん種類が置いてありましたが、もう残り二冊になっています。一冊6レアルで、300円くらい。種類ごとに「希望」とかテーマがあって、テーマに関する聖書の言葉が書いてあります。


2013年4月17日水曜日

Happy Independent Day to Israel!!

今日は、イスラエルの独立記念日です!
イスラエルおめでとう! 

わたくし事で恐縮なのですが、私の苗字は「まつもと」と申します。
(エパタは芸名です^o^)

イスラエル独立記念日をヘブライ語では

Yom Ha'atzmaut

というのですが、これが、私には

まつもと

と聞こえてしまいます。

これは、イスラエル前副外相のアヤロン氏が去年NYCでしたスピーチ(英語)ですが、独立記念日のことに言及していて、出だしの15秒ほどでその言葉が聞こえてきます。

 
 
実は私は、クリスチャンになる前、この自分の名前が好きではありませんでした。というか、違和感を感じていました。ある時、中学生くらいだったと思いますが、学校でクラスの生徒が一人ひとり自分の名前を言っていく場面があり、それをなぜかは忘れましたが、録音して後で聞いたことがありました。自分の番が来た時、自分の声が自分の声でないようで、変な感じでした。それ以来、自分の名前を公けの場所で言うのが嫌いになりました。
 
しかし、クリスチャンになり、自分が神様に愛されていることを知って、自分自身が好きになりました。さらに、イスラエルが私にとって特別な国となり、この日は、イスラエルの人々が私の名前を呼んでくれているような気がして、聞くたびにうれしい気持ちになります。(^^)
 
ハレルヤ!


2013年4月13日土曜日

ラトビアからも !!

こんにちは、エパタです。

 
なんとラトビアからのアクセスが、日本からに次いで2番目に多くなっています‼

ラトビアから見てくださっている方々、ありがとうございます‼

日本語が読めるのですね⁈



2013年4月11日木曜日

お昼ご飯をごちそうになりました

こんばんは、エパタです。

大家さんのお友達で北京ホテルのオーナーの劉さんに、お昼ご飯をごちそうになりました。私などは身分不相応だと思うのですが、呼んでいただけることに感謝しています。

右から劉長生さん、大家さんの前川碧さん、私

実名を出して大丈夫かと思うのですが、それはご本人たちの要望でもあり、大家さんは日本に親族がおられ、ご自身も住んでおられたこともあるし、これを見て、友達が「見たよ~~」と言ってくると期待しておられます。

劉さんは戦時中に日本軍で日本語から中国語への通訳者として働いておられました。特に四国の方々と一緒に働いていたそうです。いつも「四国の連中は本当にいい人たちばかりだった。気は荒いが、人情が厚い。仲間がまだ生きていたら、会いたいな」と言っています。

このレストランには福島に建設予定の児童養護施設への寄付のお願いのパンフレットをいつも置かせていただくので、今回は土地を購入することができましたとご報告することができました。とても喜んでくださり、さらなる協力を約束してくださいました。この場をお借りして、感謝申し上げます。

2013年4月5日金曜日

電話番号をもらいました

こんばんは、エパタです。

今日は久しぶりに大家さんと食事をして、ショッピングセンターを歩いていました。

靴下を買いたいと思って、寄ってもらいました。私が買い物をしている間、大家さんが店員さんと話を始めました。買い物が終わって私も話に加わり、大家さんが「この人は日本から来ているのよ」と紹介してくださいました。私が「私はキリスト教の宣教師です。イエス様を信じていますか?」と聞くと、店員さんはうなづきました。そこで、「ポルトガル語の会話の練習がしたいので、電話番号をください」と言うと、快く電話番号をくださいました。ちょうどよいタイミングで電話をかけることができますように、そしてさらに教会へ誘うことができますように....。

2013年4月3日水曜日

またまた発見した事

こんにちは、エパタです。

このごろ近所の子供たちに勉強させられない状況(バケーションなど)で、彼らの祝福のために祈ると共に、自分自身が勉強することにしました(^^)

ずいぶん以前から考えていたシオンの丘周辺地域について、最近学びが開かれてとても感動したことを書きました。またこのごろ、他の事で発見がありました。

最近ではないのですが、地図を見ていたら、ゴグ、マゴグという文字が浮かび上がってきました。最近それが急に気になってきて、どこで見たのか、自分の持っている世界地図の中で最近探したのですが、それらしきものは見つかりません。教会ではメシェクがモスクワで、ロシュ(ロシア)の連合軍の一部で終末の時代にイスラエルを攻撃する国々と習っていました(エゼキエル書38章より)。その話を聞いた時は、知識として受け取ってはいましたが、そうかなと半信半疑でしたが、このごろイスラエルの方々とインターネットで接する機会が増えてきて、現実的な意味を持ち始めてきたのです。

ゴグ、マゴグをインターネットの検索にかけて、いろいろ見ている中で、イスラエルを攻める連合軍の一部であるトバルの一族がイベリア半島に渡ってきて、スペインを築いたと書かれている文章を見つけました。

(そういえばタルシシュの船が出てきたような、タルシシュはスペインだという説明を聞いたような気もしてきました)

ということは、終末の時代にイスラエルを攻める軍勢の中に、イベリア半島から出た世界中に散っている民族も加わるのではないかと思ったりもしたのです。イスラエルから遠く離れてはいますが、その一部である中南米へイエス様の福音宣教のために派遣されている私は、目には見えないけれども、自分で意識していなかったけれども、最高の知恵をお持ちで、緻密綿密な計画をお持ちのイエス様の最善の戦略の中で戦っているのではと、またまた感動したのでした。もちろん、まだ勉強中です。

しかし、ともあれ、自然な形で勉強意欲を与えてくださっているイエス様にすべての栄光をお返しします。

2013年3月30日土曜日

直りました

こんばんは、エパタです。

ご心配おかけしました。水道設備が直りました。お祈りをありがとうございました。

2013年3月27日水曜日

メシアニックジューの方にインタビューしました

ハグ・サメアッハ・ペサハ(過ぎ越しの祭り、おめでとう)!

エパタです。

いつもの伝道所カフェにて、先日ブログでもご紹介したメシアニックジュー(イエス・キリストを信じるユダヤ人)の方とお会いし、インタビューを取らせていただきました。

今週は月曜の夜から来週の月曜の夜まで、ユダヤ人のカレンダーによる過ぎ越しの祭りが行われており、イェフダさんの家では毎晩のように記念礼拝が行われているそうです。遠方に住む家族・親せきの方々も参加して賑わっているとのことです。

イスラエルではメシアニックジューの方々は狙われて、命の危険さえあるという話を聞いたので、お写真はどうかと思いましたが、ブラジルでは(注意はするが)「フォーリャ・ダ・ヘジアォン紙(地元の新聞)に載ったこともあるので、大丈夫」とのことでした。ご協力を感謝いたします。

2013年3月19日火曜日

びっくりした事

こんにちは、エパタです。

先日はびっくりすることがありました。日本では体験したことのないようなことだったので、書いておきたいと思います。

ある日、夜が明けかかる頃、屋根裏でドーンという音がし、水道の水が天井からザーザー降り始めました。屋根裏に居そうなのは、野良猫くらいなので、猫が乗ったぐらいで水道管が破裂するだろうか? と、一瞬、屋根裏に不審者か? との思いが頭をよぎりました。気配を探ってみても、ただ水が勢い良く落ちてくるだけなので、不審者は居ないだろうと気を取り直し、ご迷惑ながら大家さんに電話しました。彼女は日系人なので、日本語が流暢です。

彼女は朝からウォーキングをする気丈な方で、私がびっくり慌てている様子で、説明を聞いても動揺せず、「元栓を閉めて、水道会社に電話して」と言われました。すぐ近所に住んでおられたので、私は彼女が来てくれるものと思ったのです。しかも、電話してったって、この時間に水道会社はやっているだろうかと思いました。さらに、この家の水道の元栓は触ったことがなく、しかもどこにあるかも知らなかったので、閉めることができず、とりあえず、水道会社に電話しました。

時間帯にもかかわらず、対応してくださる方がおられ、人を派遣してくださることになりました。

その間も水がザーザー流れます。先ほど屋根裏で鳴ったドーンという音もかなりの音で、近所の犬たちが一斉に吠え始めました。

通りに出て、街路を見ると、大量の水が流れていっていました。同様に様子を見に出たのか、最近日本語を教えている女の子Aちゃんの家のおじいさんが通りに出ておられたので、手を振って合図をすると、来てくださいました。事情を説明すると、家の元栓を探し出して閉めてくださいました。

さらに、ご自分の家からはしごを持ってきて、屋根裏を調べてくださったところ、水槽を支えていた二本の木のうち一本が古びて割れて、水槽が傾いたのだそうです。

さらに水が無駄にならずに済み、大家さんに、そしてAちゃんのおじいさんに感謝しました。水道会社の人はお昼頃に来てくださいました。

ブラジルでは特に、近所つきあいの大切さ、周りに住む方々の有難さを実感することが多いのですが、今回の事件でも、またそのことが身に染みました。

いろいろなことが起こる度に知らなかった事柄を教えていただき、学びがあり、感謝しています。また、真夜中でなくてよかったと、ほっと胸をなでおろしました。

2013年3月16日土曜日

いやしの祈りに行ってきました

こんばんは、エパタです。

Oさんの家に行って、いやしの祈りをさせていただきました。
なるべくポルトガル語で祈り、言葉が出て来ない時は日本語で、またポルトガル語に戻して祈りました。前に行った時は、否定的な言葉を言っていたOさんが、私の祈りにとても心を合わせてくださり、私が「治ってきてる」と言うと、ご自身でも治りたいという意思を示すようになってきたように思いました。さらにいやしのためにおとりなしください。

2013年3月13日水曜日

伝道所カフェに行ってきました

こんばんは、エパタです。

Aちゃんは午前中学校に行っているので、午後Aちゃんの家に行ってみました。おばあちゃんとお話したところ、Aちゃんのいとこが産まれたので、赤ちゃんを見に行っていました。やっぱり子供はずっと家にいるのは、つらいですから。

さて、「レ・ミゼラブル」を見に行きたいのですが、田舎町とはいえ、ブラジルなので、夜一人で外出するのは不用心です。そこで、一緒に見に行ってくれる人を探しているのですが、今まで聞いてみたところ、3人に断られてしまいました。

その過程でだんだんブラジル人のメンタリティーのある面が見えてきたような気がします。

「レ・ミゼラブル」というタイトルをポルトガル語に直すと、「オス・ミゼラーベイス」となります。直訳すると、「みじめな人々」です。ブラジル人は国ができてまだ500年で、未開拓の何もない状態(つまりミゼラブルな状態)から何とか努力して働いて抜け出したいのです。近年の経済的急成長でそのきざしも見えてきた、だから「ミゼラーベル」なのは、彼らにとってマイナスのイメージしかないのです。

これはフランス語原作の世界的に有名な名作なんですと言っているのですが。

映画の上映もまだ始まったばかりなので、以前ご紹介した伝道所カフェの掲示板に広告を貼っていただきました。(というか、レジのわきの冷蔵庫にマグネットでメッセージを貼っていただいただけですが....。)「誰か女性で『レ・ミゼラブル』という英語でポルトガル語字幕の映画を一緒に見に行ってくださる方いませんか? お友達になりましょう」と携帯電話の番号と名前を書きました。

どうか、主イエス様の導きがありますように。そして、伝道の良い機会となりますように....。








カフェのオーナーのフロリヴァウドさん
(いつもご協力を感謝いたします)

2013年3月12日火曜日

電話しました

こんばんは、エパタです。

Tさんに電話しました。Tさんは以前英語を教えてほしいと言われ、電話番号を教えた方です。(詳しくは、こちら

電話してくださるということになっていたので、待っていたのですが、来ないので、電話してみました。ちょっとまだ、勉強する都合がつかないとのことで、もう少し様子を見るということになりました。

「英語の映画があるんですけど、一緒に行きませんか? ポルトガル語の字幕がついています。英語の勉強に良いと思いますよ」
と誘ってみました。(「レ・ミゼラブル」のことです)

都合がつきそうになったら電話するという返事が返ってきました。教会の礼拝にもお誘いしました。

さらに、Tさんとの関わりについて、主イエス様の導きがありますように、お祈りください。

2013年3月1日金曜日

ブラジルのメシアニックジューの団体

インターネット検索で、ブラジルにメシアニックジューの団体があることを知りました。よくサイトを見てみると、私がイスラエルに関して以前語られていたことと共通する信仰があることがわかりました。

一つに、「イスラエルの人々は今はかたくなになっているが、時が来れば救われる」こと。語られている聖書の箇所も同じでした。ローマ書より。それも「簡単につがれる」と信じていること。これは、かなり多くの人が一挙に救われること、つまり、リバイバルのことを意味しているのではないかと、私個人的には思っています。

二つに、「聖霊の賜物を信じている」こと。