2014年4月26日土曜日

「雲の間にある虹5月号」を出してきました

 

こんばんは、エパタです。
伝道所カフェに行って、「雲の間にある虹5月号」を置いていただきました。

「日本はどうだった? 寒かった?」
と聞かれました。
「はい、雪が降ってました」 
と答えました。



レモンケーキとグァラナー。2.80レアル、150円くらい。かなり良心的というか、利益を追求していない。サンパウロ空港なら10レアル以下では食べられない! 近場のほぼ半額。

ケーキがしっとりしていて、今度レシピを教えてもらおう。

2014年4月23日水曜日

プチ・ポルトガル語講座 (その1)

こんにちは、エパタです。




ブラジルに住んで、そろそろ18年。ブラジルと日本の文化の差は180度違うと思うこと、限りなし。しかし、相性はかなり良いと思うこの頃。




言葉については、日本人がポルトガル語を習得するのは、他の言語、特に英語などを習得するよりかなり容易なのでは? と思います。




その理由、その1。ブラジル人は話し好き、聞き好きな民族です。話すのは好きでも、人の話を聞くのは嫌いという国民は多いですが、ブラジル人はもちろん話し好きですが、とにかく聞くのも好きです。そこで、情報入手能力が非常に高い。人の話の信ぴょう性を吟味する能力もかなり高い。それは、騙されないように、さらには得するように、日々情報を求めているからです。ですから、話しかけられて付き合う余裕があれば、さらに話しかける勇気があれば、会話が成り立つチャンスがとても多いのです。




その理由、その2。日本語とポルトガル語の子音と母音のコンビネーションが他の言語に比べ、かなり似ている。その結果、日本人の耳はポルトガル語を聞き取りやすいと言えます。ただ、日本語の「あいうえお」はポルトガル語では「あえいおう」で、順番が違いますが。それで、ポルトガル語の発音をひらがな表記できる単語がとても多い。多いというか、ほとんどひらがな表記できるのではないかと思います。


たとえば、「今日」という意味のポルトガル語。hojeですが、厳密にはいろいろあるかもしれませんが、聞くところ、「おーじ」と聞こえる。「車」はcarroで、「かーほ」。


逆にできない単語を集中的に練習すれば、通じる可能性がさらに高くなります。


たとえば、[tr]の音。パン屋さんなどで、私は「パン3個」と言いたいのに、tres (3の意味)が通じず、店員さんにdez? (10の意味)とよく聞き返されます。


それから、[l]と[r]の違いはブラジル人にとっては、ずいぶん違います。日本人は混ぜて発音しやすいので、変に聞こえます。これは[l]ははっきり舌を前歯の後ろにつけて「らりるれろ」と発音するとわかってもらえます。[r]は喉の奥から出すような英語的巻き舌の[r]です。amarelo (黄色)で練習するとよいです。
しかし、あまり神経質になる必要はなく、極端な話、bolo (ケーキの意味)は boro でも通じます。ブラジルに来たばかりの時、ホームスティさせていただいた家の日系人のおじさんは、ケーキが出てくるとよく、「ボロはボロでも食えるボロ」と冗談を言っていました。^^

2014年4月18日金曜日

2014年4月10日木曜日

いただきました!



M君のおじいちゃんが私の家に、こんなにたくさん果物を差し入れしてくださいました! 感動! 感謝します♪

2014年3月26日水曜日

届いた!

「雲の間にある虹4月号」が無事新住所に着きました。ありがとうございます!

2014年3月19日水曜日

おみやげ

こんばんは、エパタです。
M君のお店に行って来ました。
日本から持って来たおみやげを渡しました。M君にはけん玉。おばあちゃんにはアイシャドー、お母さんにはつけまつげ。おじいちゃんには電卓をあげました。
盛んに挑戦するM。


2014年3月12日水曜日

ターミナル4に移動


夕飯に地上階のカフェで焼きそばを買い、ターミナル4に黒いバスで移動しました。
今回足りないと感じたもの、ブラジルのコンセントプラグ、ヨーロッパと同じ丸が二つの型でした。日本と違ってブラジルの空港の待合場所のイスには、ほぼすべてコンセントがついているからです。この安心感は次回絶対利用したいと思いました。

朝ごはん

飛行機の中の朝食がフルーツとパンだけで空腹のため、量り売りのレストランへ。

24.99レアルです。1300円くらい。凄まじく高く感じます。


2014年3月11日火曜日

サンパウロ空港に到着


おはようございます! エパタです。
お祈りをありがとうございました!
サンパウロ空港に到着しました。
全席通路側にできて、元気いっぱいです。映画一本くらい見に行けるくらい(^ ^)。
アラサトゥーバ行き便が午後6:35発です。無事にアラサトゥーバまでたどり着けますように引き続きお祈りをお願いします!






(プレイバック)

サンパウロでも、キッパをつけたユダヤ人の方がいました。ブラジル人ではなく、外国人の列に並んでおられました。
ニューアーク発サンパウロ行き便は5分遅れでゲートを離れ、30分早く到着しました。


ニューアークで隣りの隣りの隣りのゲートがテルアビブ行きでものすごい行列でした。理由は午後3:50発の便が夜10:45の便に合流した模様で、さらにそのゲートだけ特別なセキュリティエリアになっていました。


2014年3月10日月曜日

成田到着


お祈りをありがとうございます!
成田に着きました!
5:45の便です。引き続きお祈りをお願いします!

2014年3月9日日曜日

厚木教会

3月9日、厚木教会の日曜礼拝でお話する機会がありました。

皆さんお元気で、私のことも覚えていてくださいました。感激です!
M君の歌がとてもうまくなっていました!

2014年3月3日月曜日

白馬キャンプ


白馬スネルゴイキャンプでブラジルのことを話す機会がありました。

2014年2月25日火曜日

プレゼント

 

先着5名様、プレゼントしま〜す。
「ブログを見ました」を言ってください。

東京アンテオケ教会



東京アンテオケ教会の日曜礼拝でお話をする機会がありました。

2014年2月23日日曜日

2014年2月20日木曜日

雪がすごかったようです



昨日はもう夜暗くてよく分かりませんでしたが、今朝実家の周りをよく見ると、ものすごい雪でした。


日本の冬も風流ですね。かまくらを作った跡がありました。


一番下の甥っ子が一人で作ったんだそうで! すごい集中力!

2014年2月19日水曜日

到着しました


(プレイバック)

お祈りをありがとうございました!


ニューアーク空港で、Tokyo-narita がキャンセル? と思ったら、到着便でした。出発便も半々の確率でキャンセルされていました。

前回買ったアメリカの旗のカバン、派手かな〜と思いましたが、大統領の日? ということもあって、皆さんが近道させてくださいました! 

雪がしんしんと降っていて、機体に付着していて、

除雪作業で1時間半かかり、離陸が遅れましたが、15分遅れで成田に着きました。ネットのつながりが悪く、(15:00)

実家に着いて投稿しています。(夜9:00)



2014年2月18日火曜日

ゲート変更!


なんとゲートが変更になっていました。ユナイテッドのクルーが集団で待っていたので、大丈夫だろうと思ったのですが、彼らが突然騒がしくなり、「changed?」を聞き取ることができ、もう一度ボードを見たら、ゲートが変更になったなっていました! あのまま待っていたら、恐ろしい。お祈りをありがとうございます。

チェックイン



ブラジル時間で午後5:30、もうカウンターが開きました。列に並んでいます。



そして、ゲートに着きました。(6:30)

カウンター待ち



ターミナル1の食堂街で、待つ。後6時間くらいであくでしょう。時間がなくて焦るより、待ったほうがいいです。

サンパウロは肌寒めです。25度だそうで。

空港もずいぶん雰囲気が変わりました。(収入が良ければ) キビキビ、しかしマイペースに、和気あいあいと働くブラジル人の気質は良いと思います。労働者独特の暗さがない。


楽しみだったスタバタイム。う〜ん、ブラジリアンコーヒー、うめっ。カフェオレ7.50レアル(320円)、値段が身に染みるが。

2014年2月17日月曜日

サンパウロ国際空港へ到着

お祈りをありがとうございます。

サンパウロは市外局番11、アラサトゥーバは18で、私がいつも使っている回線を使うと、ものすごい値段になるところ、事前にTIM社のアプリ登録しておいたら、フリーWi-Fiがありました。しかし、接続がとても遅いです。



(プレイバック)

アラサトゥーバーサンパウロ間は、パンタナール社がなくなっていて、アズウ社のみの運航となっていました。手際も良く、危なげない感じでした。競争はあったほうが良いですが。離陸は定刻通り、着陸が20分くらい遅れました。

客入りはまあまあ、最後列の通路側を取れました。途中で座席交換しても許可されていました。撮影も許可されました。


私の写真まで撮ってくださいました。


アラサトゥーバ空港です

大家さんとお友達に車で空港まで送っていただきました。写真を撮るのを忘れました。
(プレイバック)
アラサトゥーバ上空は個人の未確認飛行物体が多いので、早朝が一番安全なのですね。

2014年2月16日日曜日

髪を切りました

こんばんは、エパタです。


いよいよ明後日には日本へ向かって出発します。


さて、以前日本語トラクト配布の時に関わりの開かれた、日系人と結婚されて今は未亡人の女性がサロンを持っておられて、安く髪の毛を切ってくださいました。その際、礼拝のご案内をしました。

2014年2月14日金曜日

白馬に行ってきます

こんにちは、エパタです。


月曜日から3月11日までの予定で、極寒の日本へ行ってきます。26日から28日まで長野県白馬で行われるキャンプに参加します。冬の白馬キャンプは初めてです。そういえば、最近寒い所へ行った記憶がありません(いつだろ? 2002年以来かな?)。楽しみ~~。このブログも更新を心がけます。以下に具体的な祈りの課題を挙げました。どうぞおとりなしをよろしくお願いいたします。


祈りの課題


・こちら先週は最高気温37度の日もあり、暑い所から寒い所へ移動するため、体調が守られるよう
・飛行機に乗るとアトピーが出るので、乾燥やストレスなどから守られるよう
・飛行機の座席がすべて通路側を取れて、隣りが空きますよう
・すべての移動の守り
・聖霊の満たしを受けることができるよう
・御心の証しの言葉が与えられるよう
・主にある親しき交わり
・救われていない家族の救い(父、弟、お嫁さん、甥っ子二人)

2014年2月10日月曜日

新しい場所


新しい場所で初めての礼拝の時を持ちました。

2014年2月9日日曜日

礼拝の場所

こんばんは、エパタです。


まだインターネット環境が整わず、ひさしぶりの投稿になってしまいました。
明日の礼拝の場所が変わります。


Rua General Osorio, 494 - Centro Araçatuba-SP
Tel 55-18-99144-0258  (まつもと)


どなたでも歓迎いたします。

2014年2月5日水曜日

聖会

長崎の殉教聖会を見ています。(夜中の3時の部)

朝7:30からの部はADSLのランプが緑に点灯しなくなり、接続不能に。遅いと思った携帯電話の3Gでしたが、試しにやってみたら、オンラインが見れました。


2014年2月2日日曜日

引っ越しのご挨拶

こんばんは、エパタです。


現在、引っ越し奮闘中です。


引っ越した先の、両隣りのご主人と奥様と、斜め向かいの奥様にご挨拶いたしました。


荷物は移動終了。
電話が時間がかかりました。申請の電話は27日にして、28日には取り付けてくれたらしいのですが、テストしてもプーッというあの音がしないので、取り付けをした人が残した携帯電話の電話番号にいくら電話しても通じず。家の中の配線の問題かと、個人的に業者を電話帳で見つけて今日やっと来てもらえました。調べてもらうと、取り付けた人がどこか別のまったく関係ない電話番号に接続してしまったらしいです。業者さんが「電話会社に電話してへクラマー(苦情を申し立てる)しろ」と言うので、さっそく電話しました。セクレタリーが続くのを長々と待ちにまって、途中で切れたりするので、もう一度かけなおし....。忍耐、忍耐でしたが、いったんへクラマーすると、数時間後には電話はつながりました。あとはインターネット! 無事に速やかに終了しますように、どうぞおとりなしください。

2014年1月29日水曜日

癒しの祈りをしました

こんばんは、エパタです。


伝道所カフェに行ってきました。オーナーさんとお話をして、彼女の腰と足の痛み、咳、消化器系の癒しのために祈りました。


それから、大家さんが家に夕食に呼んでくださり、その後、彼女の左足の痛みのためにお祈りしました。祈っている時に、左足が勝手に上に上がってきていたと話しておられました。主イエス様に栄光をお返しします! さらに完全なる癒しがなされますように!

2014年1月28日火曜日

国際ホロコーストリメンバランスデー

今日は、ユダヤ人への大量虐殺(ホロコースト)が二度と繰り返されることがないように祈る日です。ツィッターをお持ちの方は、#HMD2014 で拡散をよろしくお願いします!


ヘブライ語で書くと


יום השואה הבינלאומי


となります。

引っ越しします(動画つき)

こんにちは、エパタです。

この度、引っ越すことになりました。
と言っても、ブログではなく、家のことです。すぐ近くです。徒歩でゆっくり、道草ぬきで3分くらいの所です。

家賃は250レアル(10000円くらい)、保証人なし、敷金・礼金なしです。
ちょうど良い場所が見つかって、神様に感謝しています。

動画をiPhoneで撮って、Windows Live ムービーメーカーで編集しました。

2014年1月23日木曜日

福音を語れました!






こんばんは、エパタです。雲の間にある虹2月号ありがとうございました。伝道所カフェにお願いして来ました。

その後、家にお客さんが来てくださいました。大家さんのお友達です。ロサンゼルス教会のフェイス牧師にいただいたしおりの後ろにお名前を書いて、聖書の言葉を読んであげました。イエスさまを信じますか? と聞いたら、イエスさまも神さまも同じですよね? と返事があったので、父、子、聖霊なる神の説明をして、「イエスさまは私たちの罪の贖いのために十字架ついてくださいました。このことを信じますか?」と聞いたら、「信じます」と言われました。さらにFさんへの次の主の導きを祈っています。

2014年1月20日月曜日

増刷!

こんばんは、エパタです。


名前カードを全部配りつくしてしまったので、新しく20枚ほど作りました。


さっそくいつものスーパーで、カートを押していた店員さんに話しかけて、お渡ししました。ちょっと驚かせてしまいました.....。



2014年1月16日木曜日

虹が見えました

こんばんは、エパタです。


ショッピングセンターに行く途中、自転車に乗りながら、神様を賛美したり、聖書の言葉を用いてほめたたえます、喜びますとやったり、即興の歌を歌ったりしていたら、薄~くでしたが、虹が見えました。雨は降っていなかったのですが、黒い雲が遠くにあり、雲のある辺りは雨が降っているようでした。やはり賛美したり、喜んだりすることは神様の御心にかなっているのだなと感じました。ハレルヤ!

2014年1月14日火曜日

感謝の力~台風がそれた!

Quero compartilhar como o Senhor Jesus operou atraves de dar graças por todas as coisas. No dia 24 de Outubro de dois mil e dez recebi um e-mail da minha mãe. Ela disse, O seu pai está indo para Tohoku a partir de hoje, mas conforme a previsão do tempo, parece que vai ter um tufão. Eu não quero ir. Por favor ore para que ele desista de ir. Aí eu comecei a orar. Primeiramente como está escrito no Primeiro Tessalonissense 5:18, Em tudo, dai graças, porque esta é a vontade de Deus em Cristo Jesus. Comecei a agradecer que o meu pai está pensando em viajar no meio de um tufão. O meu pai está querendo ir e a minha mãe não. ...Aí agradeci em qualquer coisa que subia na minha mente. E então, de repente, veio uma visão assim. com o tempo bom, o meu pai e a minha mãe estão viajando e se divertindo tranquilamente. Eu escrevi para minha mãe...Mãe, pode ir tranquilamente. Eu acho que vai melhorar o tempo. Aí eles foram a Tohoku. O tufão estava aproximando a região de Tohoku, mas desviou e sumiu!! Glória ao Senhor Jesus! Eles voltaram em seguro. E a minha mãe escreveu. Eu estava com medo, mas agora estou agradecida. Aleluia!!


感謝を通して神様が働かれたことを書きたいと思います。2010年10月24日、母からメールをもらいました。「今日からお父さんが東北へ行くと言っているんだけど、天気予報を見ると台風が来るらしい。私は行きたくないから、お父さんが行くのをやめるようにお祈りしてほしい」そこで、私は祈り始めました。お父さんが行くのをあきらめますようにと祈り始めたのですが、まず第一テサロニケ5:18(聖書)に書いてあるように感謝することにしました。「台風が来るのにお父さんは行きたくて、お母さんは行きたくないという状況を感謝します」その時、ある幻が浮かびました。父と母がうららかな天気の中、楽しく旅行している様子でした。そこで私は母にメールを書きました。「お母さん、大丈夫だよ。天気が良くなると思う」それから父は考えを変えず、二人は台風の中を旅立っていきました。私はインターネットの天気予報で東北の台風の様子を見ていましたが、接近していた台風がそれて、消えていったのでした。彼らは無事に帰ってきました。母はあとでメールをくれました。「最初は雨風が車に吹き付けるし、ラジオの情報しかないし、不安だったよ。でもお祈りありがとう。無事に帰ってこれて感謝しています」その後スカイプで音声で話をした時に、どうやって感謝の祈りをしたか、台風はそれるから大丈夫と神様が幻を通して語ってくださったか、詳しく母に説明することができました。母はそんなこともあるんだねぇと言っていました。それ以来、微妙な神様についての話を母にすることができるようになってきました。主をほめたたえます。すべての栄光を主にお返しします。



2014年1月1日水曜日

メシアニックジューの方に電話しました

こんばんは、エパタです。

メシアニックジューのイェフダさんに電話しました。

ブラジルのメシアニックジューの全国規模の集会に参加されたそうです。以前インタビューを掲載させていただいた「雲の間にある虹」をトップの見せて、またエルサレムの平和のために祈る集会に参加したことを伝えたところ、非常に喜んでくださったそうです。

ハレルヤ! 主にご栄光をお返しします!

2013年12月31日火曜日

アンドレからの電話

こんばんは、エパタです。

グァララペス在住のアンドレがクリスマスと新年のご挨拶の電話をくれました。覚えていてくださって有難いです。彼と彼の家族に主の祝福がありますように....。

2013年12月27日金曜日

「レ・ミゼラブル」を観ました

こんばんは、エパタです。

先日近所にレンタル・ビデオ屋さんを見つけ、「レ・ミゼラブル」がDVDで出ていたのを見つけ、観たいなと思っていたのですが、やっと観ました。

そのレンタル料、なんと一本一日滞在8レアル!!(400円くらい)

最初は日本語字幕でぼーっと観ました感想をつらつら書きたいと思います。

全体的な感想は、ミュージカルと聞いて敬遠していたのですが、それが映画初心者にとっては、セリフを追いかける速さがややゆっくりでよくて、助かりました。途中間延びして、イライラしてき、早く先に進め~と思ってしまった場面がありましたが。

ストーリー展開も、古典の大御所をそのまま使っているということで、初心者でも付いていける展開で、まずは内容が理解できた~と、素直に喜びました。

疑問? だったところは、みな短命すぎる。コゼットのママも主人公も、アレ? なんで死んだのかな? という感じでした。主人公の死に方も、コゼットの新しい愛の対象ができたから、もう自分はいらないのか? 

それから、世間の評価の中での罪と、聖書が罪とすることとが錯綜していたように思いました。聖書的に考えるなら、富む者も貧しい者も神がつくったものなので、貧しさから抜け出すために反逆を起こす革命が美化されているのは、聖書が言っていることと違う部分も混じっているのではないかと思ったりもしたのでした。

素朴な感想では、ジャンバルジャンがコゼットを保護して馬車の中、初めて自分が守らなくてはいけない自分に頼ってくる愛する存在ができて、うれしさに、神からの賜物と歌っているところが感動的でした。

また、俳優さんたちが歌っているのは、彼らの元声ですか? だとしたら、すばらしい声量で、プロみたいで、すごいなぁ~と関心しました。彼らのマネで、自分の自由になる言語で、言いたいことを日常的にもあのように表現したら、ストレス解消になるだろうな~と思ってしまいました。歌っていたのに、突然普通の会話になったりしたのが面白かったです。もう少し普通の会話も混ぜて、ストーリー展開のスピードを速くして、細かいところも出てくるともっとよかったと思いました。

2013年12月25日水曜日

クリスマスについての考察

こんにちは、エパタです。

今日は俗に言うクリスマスの日です。キリストが生まれた日として西側諸国ではそこから西暦というのが作られ、現代にまで使われているからすごいとは思います。

しかし、聖書をよ~く調べてみるなら、この12月25日はキリストが生まれた日ではありません。

6月12日の恋人たちの日と共に、この日は犯罪率が高まる日として、警察官たちの出動、警戒が強まる日でもあります。昨日は近所で二件の家から大ゲンカが、近所中に分かってしまう大音量で聞こえてきていました。

ブラジルでは暦上、この日は半強制的と見える形で、国民全員が家にこもらざるを得ない日なので、金銭的に余裕のある人々は、この日をいかにストレスフリーに過ごすかに心を用い、それぞれ家族のもとへ、あるいは避暑地へと向かいます。

ある説によると、この日は昔、太陽の祭りが祝われていたが、ローマ帝国の政策の中でキリストが降誕の日と定められ、今に至るまで祝われていると言われています。聖書にわかる範囲内で見るなら、キリストが生まれた日には羊飼いたちが野宿をしていたと書かれており、砂漠の寒さの厳しいイスラエルで極寒のさなかにはあり得ないと考えるほうが自然でしょう。ある説では5月であったという考え方もあるそうです。

とは言え、一年のうちのある日はキリストが生まれた日ではありますし、多くの人々が特別な感情をこの日に持って特別に祝っていることが事実です。これを伝道のために利用することは効果的なのではないかと思います。ケンカにならないように、注意しつつ.....。



ちなみにウチのごちそう! 
太巻き(シーチキンマヨネ、アボガド、にんじん、きゅうり、卵焼き)とはるさめサラダ。

頂いてしまいました

こんばんは、エパタです。
M君と遊びに行ってきました。と言っても、みんなうわ心でおしゃべりで時間が過ぎてしまいました。さらに、まったく思ってもいなかったのですが、プレゼントを頂いてしまいました。感謝いたします。主が報いてくださいますように....。


クリスマスシーズンは商店街は夜10時まで営業だそうです。そして、クリスマス当日は、いっせいにお店のシャッターが閉まり、いつもは日曜日でも開いているスーパーまで閉まるので、今日のうちに買い物などをしておかないといけません。なんだか、シャバットを彷彿とさせます。

雑談の中で、Aさんがお母様の思いでを語っておられました。彼女が言った思い出す言葉が「朝起きて仕事をやる気が起きない時は、感謝しなさい」とという言葉だそうです。彼女もクリスチャンだったそうです。マーリン・キャロザース師の本の中の一節のようです。

2013年12月24日火曜日

クリスマスプレゼント



こんにちは、エパタです。

市内の児童養護施設にクリスマスプレゼントをしてきました。プレゼントを受け取ってニコニコしている子供たちの写真を載せられたらよいのですが、ブラジルの法律は難しいのです。

今回、男の子たちはスポーツカーの包装紙、女の子たちはピンクのくまさんの包装紙にしてみました。毎回クリスマスプレゼントをすると、いろいろなことに気づきます。思ったことは、私はプレゼントをする時のラッピングが好きだなぁということでした。



包むというのは、日本文化だそうですよ。以前、あるユダヤ人の記事の中に、日本文化の包むというアイディアを彼らのアートに取り込む試みをしたとか、読んだことがありました。

そうですかねぇ、パオツゥ(包子・まんじゅうのこと)など、中国の文化のような気がしますが。

私の小さい頃、つるした靴下の中に、サンタがプレゼントを持ってくるって、聞いただけで、すぐ「怪しいお父さんでしょ」と思いました。

もし、この記事を読んでプレゼントがしたいと思われた方は、以下の住所に子供用のプレゼントをお送りくださいませ。プレゼントはクリスマスに限りません。男の子用が女の子用の倍の数、必要なようです。

Rua Francicso Braga, 633 - Vila Estadio, CEP 16020-055 Araçatuba-SP, Brazil

2013年12月22日日曜日

いろいろなことが

こんにちは、エパタです。

スーパーで名刺を配り始めて、直接的ではないこともありますが、いろいろな動きがあります。

午前中に繁華街へ行ったら、むか~しのグァララペスの知り合いに会いました。以前ブログに書いた人のお友達で、もう一人のお友達が彼女たちと私の共通の友人です。

この方は看護婦の免許を持っていて、グァララペス市の公立病院で働いています。以前、グァララペスで児童養護施設をつくる場合はボランティアで助けますと(お仕事をすでに持っているので、助けができる範囲内ですが)、言ってくださった方です。(私が質問したからですが)

クリスマス前の人ごみの中で、少し話しただけですが、彼女は引っ越ししたそうで、お孫さんを連れておられました。新しい家の電話番号をいただきました。

それから、例のスーパーに言って、Mさんに挨拶して、出口のベンチに少し座っていたら、隣りに座っていたご婦人が話しかけてきたので、少し世間話をしました。日系の方でしたので、名刺を渡して、自己紹介したら、彼女も日本に住んだことがあり、娘さんは日本に住んでおられると言われました。

また、私の今住んでいる家の大家さんが諸事情で家を明け渡してほしいと言っておられます。この家は便利なスーパーもできて、快適な住みやすい家なので、出たくはないのですが、神様の導きを祈り求めています。もしかすると、またグァララペスへ帰らなくてはいけないのかもしれません。どうぞ、御心がなりますように、お祈りに覚えてください。

2013年12月21日土曜日

一緒に祈りました

こんばんは、エパタです。

スーパーで最初に電話でコンタクトを取ってきてくださった方、Mさんと会いました。

レストラン街のテーブルの一つで、お話をしました。彼女もクリスチャンとのことで、まず、一言お祈りをしてから、お話を聞きました。

一つ重要な問題を抱えていて、祈りを必要としていると彼女は言いました。そこで、テーブルがだんだん混んできたので、場所を変えて、出入口近くでガラス張りの窓から外がよく見えるところで、二人で祈りました。

私が日本語とポルトガル語を混ぜて祈っていると、彼女もブツブツ言っているので、「異言が話せますか?」と聞くと、「話せます」と彼女は答えました。そこで、「もっと大きな声で祈っていいですよ」と言って、二人でしばらく祈りました。

彼女のお昼の休憩時間が終了に近づいたので、それで別れました。彼女に「また電話してください」と言いました。

主が彼女の問題を解決してくださいますように....。

ナザレのイエス

こんにちは、エパタです。

この頃、勉強が楽しいのです。私の勉強方法は、分からないことがあったら、イエス様に「OOはどうしてXXなのでしょうか」とか「最近、△△が気になりますが、何の意味でしょうか」とお祈りします。そして、放っておく。そのうちまた思い出すので、祈りながらインターネットで検索する。そうすると、面白いことを発見する。(^O^)

まどろっこしくなるといけないので、結論から言います。ユダヤ教の一派でエッセネ派という人々は、特定の人物のことをいろいろな(現代で言うところの)あだ名で呼んでいたようです。ウィキペディアによると、「エッセネ派は独自の称号を用いてある人物を呼んでいるが、たとえば『マティフ・ハ・キザ』(偽りの説教師)として言及するのはミシュナーにあらわれるイェシュー・ハ・ノツリなる人物であると考えられている」とあります。よ~くこれを考えてみると、「ノツリ」は現代ヘブライ語で(古代ヘブライ語は知らないので)ナザレ人の意味、「ハ」は定冠詞、つまり、「ナザレのイエス」ということになるわけです。

この頃ブラジルのメシアニック・ジューの方々と話をする機会があり、彼らはイエス様のことを「イェシュア」と呼びます。「イェス」だけだと固有名詞の人の名前ですが、「イェシュア」は「救う者」という意味なのだそうです。つまり彼らは「イエス」を「救い主」と認めています。

一方、エッセネ派の人々は、「イェスー・ハ・ノツリ」は「マティフ・ハ・キザ」であると。

想像にすぎませんが、確定はできませんが、イエス様は批判されて有名だったのだなと思いました。

当時、神殿の支配権はサドカイ派ほかが取っていたとされ、エッセネ派は「神殿がなくても礼拝はできる」という立場で、死海ほとりのクムランの洞窟にこもって写経していたグループもあり、彼らが残したと考えられている「死海写本」は世界最古の聖書写本だとされています。グループの中で、聖書全部を暗記している人々がいて、口頭筆記されたという図を想像します。


2013年12月20日金曜日

初めての反応が!

こんばんは、エパタです。

また例のスーパーに行き、開店オープンした日本食屋さんに名刺を渡し、スーパーで少し買い物をしてレジの女の子に名刺を渡しました。

すると、彼女はエバンジェリコ(ブラジルでのプロテスタントクリスチャンのこと)でした。

彼女が後で、お友達に話してくださり、そのお友達が私に電話してきてくださいました。スーパーでは初めての反応です。

いろいろ積もる話があるようです。とても文法的にきれいで、発音がクリアーなポルトガル語でした。明日またスーパーに行って直接お話しすることになりました。主の御心がなりますように、お祈りください~~。

2013年12月19日木曜日

サイコロ遊び

こんばんは、エパタです。

M君と遊びに行ってきました。軽くサイコロを使って日本語を学びました。

まず、1〜6までの日本語の言い方を覚えてもらいます。じゃんけんでサイコロを振る人を決めます。それ以外の人はどのサイコロの目が出るかを考えて日本語で言います。サイコロを振って、当たった人はおもちゃのお金を
1枚もらいます。最後にお金が多い人が勝ち。

コレ、ブラジル人のツボにはまったらしく、ずっ〜とこればかりやって終わりました。本気出してました。M君がAさんと1枚差で勝ちました。

2013年12月17日火曜日

シロアムの池について

こんばんは、エパタです。

ダビデの町には、考古学的に歴史学的に面白そうな題材がいろいろあります。しかし、アマチュアの思いつきの範囲内で、つれづれなるままに、シロアムの池について、最近興味深いと感じることを書いていきたいと思います。

結論から手っ取り早く言って、つい最近まで新約聖書のヨハネの福音書9章に書かれているシロアムの池は、抽象的存在と考えられていたそうです。それが、2004年秋、下水工事で地面を掘っていた時に、「階段」の一部を発見したことがきっかけで、さらに大規模な発掘調査が始まり、紀元前1世紀のシロアムの池が復元しつつあるそうです。

ダビデの町の位置については、こちら

ペイントで地図まで書いてしまいました。ちょうど地図中に緑で囲んだ部分が、実際緑の木々で覆われた地域なのですが、まさにこの部分にシロアムの池が発見されたのでした。土地の所有権の問題があり、発掘調査ははかどらないそうです。

地図には書けませんでしたが、イエス様は盲目の男と神殿付近で出会い、シロアムの池に行って目を洗うように命じますが、神殿からシロアムの池に直通する道まで発見したのだそうです。(現在は地下だそうです)

水道工事をしていた人が考古学者たちに通知して、調べた時のことがロサンゼルスタイムズに載っています。「階段を見た時にシロアムの池だと思った」そうです。

興味深いと感じたことの一つは、発見されたのが極々最近であったということ。まだまだ面白いことが土の中に埋まっていそうです。

私は高い所とか、地下とか、狭い所などがあまり好きではないので、ヒゼキヤの水道など、ビデオなどで見るだけで十分ですが.....。今は便利な時代で、インターネットのおかげで、古いものから最近のものまでPDFファイルでいろいろな発見についての論文を読むことができます。

ダビデの町は、現在は城壁の外にありますが、エルサレムの中でダビデが一番初めに取った場所であり、当時はこの周りに城壁を造って周辺地域を取っていきました。
 

2013年12月15日日曜日

ゲゼルについて

こんばんは、エパタです。

聖書を読んでいる時に興味深いと感じたことをつれづれと書いています。

聖書の中に出てくる固有名詞で、今のイスラエルの地図にも同じ名前がテル(丘)として載っているのを見つけたりします。世界遺産になったメギド・ハツォル・ベエルシェバもそれらに入ると思います。

ゲゼルもそれらのテルの一つです。ウィキペディアによると、海岸平野地帯とユダの丘陵地帯の境に位置し、軍事的にも見張り所として重要な場所であったそうです。列王記の記載では、ソロモンがメギドやハツォルなどと共に再建した要害とされています。

私の知り合いのユダヤ人がゲゼルの近くに住んでいるのですが、近代的な居住区と石ばかりが散在する小高い丘の遺跡がすぐそばに隣在することに、とても強烈な印象を受けました。写真で見ただけですが。

 wikipedia より

今回興味深いと感じたことは、メギドやハツォルなど大きなテルにも地下水利施設があったそうですが、ゲゼルはグーグルマップなどで見ると、とても小さなテルのように見えるのですが、英語版ウィキを読むと、やはり水利施設がありました。戦時の要害で、水がいかに重要であったかを感じます。

要害に水.... というキーワードで、またダビデの町に帰ってくるのですが、それはまた次回に。

2013年12月12日木曜日

こんばんは、エパタです。

今日もスーパーに行って、レジの女の子に名刺を渡しました。

それから、午後6時ごろ、スコールがあり、虹が出ました。

2013年12月11日水曜日

癒しの祈りをしました

こんばんは、エパタです。

まずはM君のところへ行って遊んできました。世間がもう12月に入って私の頭もバケーションモードなのか、日本語の教材を持ってくるのをすっかり忘れてしまいました。Aさんもいたので、歌だけはやろうと思っていたのですが、お祈りして、いつものカードゲームをやりました。

今回はルール2を使ってゲームをしました。

1. コマンドカードは使わないので、しまっておく。
2. じゃんけんで順番を決め、勝った人はカードをすべて裏返しに手に持つ。
3. 一枚ずつカードを2秒ごとにめくり、表に返してカードを置いていく。
4. 「A」から始めて、絵の中にその文字から始まる言葉があったら、「Pictureka」と言う。
5. 絵と言葉を説明して、皆が同意すればそのカードを取る。
6.  時計回りで次の人がカードの束を持って、同様のことをする。
7. カード数が一番多い人が勝ち。

これはかなり面白かったです。みんな燃えていました。Pictureka と言わなくていけないところ、言葉を直接言ってしまっていましたが。

Mが勝ちました。お祈りをして終わりました。

それから郵便局へ行って、切手を買った時に、局員さんに「日本語をやりませんか?」と名刺を渡しました。

その後、いつもの伝道カフェへ。オーナーさんと世間話。マンデラ氏の葬儀にジルマ大統領がポルトガル語で挨拶の言葉を語ったことについて、私が「英語でやってほしかったけどねぇ」と言ったら、彼女はジルマ嫌いだそう。しばらく演説がありました。

彼女が「足が痛い」というので、ちょうどお客さんが誰もいない時だったので、初めてカフェで癒しの祈りをしました。祈り始めたら、手のひらがビリビリするような感覚がしてきて、思いもよらず、とても大胆に日本語とポルトガル語とで祈れました。彼女も「よくなった」と言っていました。もっと祈らなくてはと思わされました。

主にご栄光をお返しします。

2013年12月10日火曜日

ブラジル人的突っ込み

こんばんは、エパタです。

先週木曜日に母とスカイプ電話で話をしていた時に、スーパーができるように祈っていたら、巨大スーパーができた話をしました。母はそれは良かったと単純に喜んでくれたのですが、話していた私自身が、ブラジル人が相手だったら、必ずするだろうと思われる突っ込みに思い当ったのでした。

それは、「ねぇ、そんな巨大な建物が徒歩5分の所にできていたのに、気がついたのはオープンの前日?」

情報収集能力の素晴らしいブラジル人ならば、最低でも2、3か月前から分かるはず....。

そこで、また今日もスーパーに行く道で、以前家の水道設備が崩壊した非常事態に助けてくれたおじさんが家の前に出ておられたので、聞いてみました。

「近くにすごいスーパーができましたね? いつからつくっていることを知りましたか?」
「もうだいぶ前。8か月前から」

やっぱり。しかし、なんと8か月も前から!

いかに自分の情報収集能力が低いかを思い知りました。

スーパーでトイレットペーパーの値段定めをしていると、私に「これって安いの?」とつぶやきかけ、「このスーパーは安い物もあるけど、ある物は二倍もする物もあるから注意よ」と世間話を振ってくださった女性がいたので、私も例の名刺をお渡ししました。

さらに御心の伝道が開かれますように....。

2013年12月8日日曜日

レジの人たちに

こんにちは、エパタです。

またスーパーに行ってきました。帰り際にレジのところで、「日本から来た宣教師です。日本語を無料で教えます。近くに住んでいますから、電話してください」と名刺をお渡ししました。

すると、彼女が「いいねぇ!」と言って、別のレジの人に見せていました。そしてまた別のレジの人が「こんにちは~」と日本語で「さいたまに住んでいたのよ」とポルトガル語で言いました。ご主人が沖縄の方だそうです。彼女にも名刺をお渡ししました。

さらに御心の出会いがあり、御心の伝道をすることができますように....。

2013年12月6日金曜日

ブラジル年間観光客数600万人

こんにちは、エパタです。

昨日のグローボ誌(リオデジャネイロ)によると、同日朝、ブラジルへの今年600万人目の観光客がガレオン国際空港に到着し、記念の大歓迎を受けたそうです。2005年の500万人の記録以来の、過去最高記録だそうです。

わ~い、ブラジル、レジャーが少ないのは、脇に置いておいても、観光客をもっと歓迎して、ブラジル経済のために利用すればいいのに、とこの17年間思ってきましたが、やっとこれで?!  という期待が少し...。

元々移民の国なので、ブラジル人のアイデンティティを崩さないようにという国の努力はわかりますが。まぁ、難しいところです。

汚くて、危なくて、ドロくさい所に、本当のブラジルを感じるという気持ちは、わからないでもないので。

それにしても、ブラジル人のホスピタリティーは国民的美徳です。

名刺を渡しました

こんばんは、エパタです。

例のスーパーに行って、物色しておりました。魚類を探しましたが、鮮魚はなく、冷凍が少しありました。

ストレートりんごジュースが(あるだけでも珍しいのですが)高いなぁーと見ていたら、横から「これはどういうものなんでしょうかねー?」とポルトガル語で話しかける声が。声の主は日系人のご婦人でした。
「たとえばりんごを擦って、絞って、ジュースを出して、カスを捨てたら、こんな感じになります」
とポルトガル語で言って、
「日本語話しますか」
と言ったら、
「はい、少し」
そこで、即席のPCで作った名刺をお渡しし、
「日本から来た宣教師です。日本語を無料で教えますので、連絡してください」
と言いました。

彼女はMさんで、スーパーにはご主人と来ておられて、後でご主人にも会ってご挨拶しました。

出会いのチャンスを主に感謝します。さらに御心の方々と出会い、また伝道することができますように.....。

2013年12月3日火曜日

ブラジル版マーチ・フォー・ジーザス

ブラジルのマーチ・フォー・ジーザスが行われていました。

サンパウロに住んでいた時に、参加したことがあったのですが、メイン通りのパウリスタ通りが人、人、で埋め尽くされていたのを見ているので、アラサトゥーバのは、ずいぶんひっそり、という感じがしました。

アラサトゥーバ設立記念日の祝日で、町自体がひっそりしていたので、いよいよその感じがしたということもあったのかもしれません。

(ブラジル人は休みの日には、自宅でゆっくり過ごすことが好きな人が多いようです)

会場に向かう時に駐車している車がほとんどないので、本当にここだったかなと疑いの心が起きてきてしまったほどでした。しかし、行ってみると、しっかり人だかりができていました。

ブラジル人はしっかり自分の足で歩くんだなぁと、感心したことでした。


スーパーで

こんばんは、エパタです。

スーパーが開店してからというもの、ほぼ毎日行っています。必ず名刺を持っていきます。チャンスが来ますようにと祈りつつ。

すると、私がパン屋のコーナーで品物を注文していると、スーパーの開店日にすれ違って、「こんにちは~」と挨拶した日系人のご婦人が、また通りかかり、今度は彼女のほうから声をかけてくださいました。

「あなた、Rさんと一緒にいた人じゃない?」
「そうです。私は宣教師で、無料で日本語を教えます。話し相手がいないので、どうぞよろしくお願いします」
と言って、名刺をお渡ししました。

さらに御心の方々に話をすることができますように.....。

2013年12月1日日曜日

またまたポーランドから

おはようございます、エパタです。

今週もまたポーランドからアクセスがありました。

私はポーランドが好きなのです。理由はショパンが好きだから。単純です^^

ジエンコーヤン !!

ありがとうのポーランド語だけは覚えました。

覚え方、「自演こうやん?」

関西弁でおます。(^^)

祈りの答え・スーパーができた!

こんばんは、エパタです。
家の近くに大型スーパーができました。1ブロック歩いて、もうスーパーが見える近さに!! 行ってみたら、徒歩15分以内に買い物をして帰ってくることができました。
 
実は私はスーパーが近くにできるようにと祈ったのです。
 
私はこれまでにサンパウロやリオデジャネイロにも住みましたが、引っ越しする時に私の祈りの課題にはいつも「スーパーとショッピングセンターが近い所」と入れていました。サンパウロでもリオデジャネイロでも、ぴったり祈りの答えと思える便利なスーパーとショッピングセンターがありました。
 
アラサトゥーバでは、バスセンターに近い、連邦税務署に近いなど、便利な点はいろいろあったのですが、(安い)スーパーが遠かったのです。自転車で20分かけて行っていました。そこで、ある時、一か月くらい前だったと思いますが、「今までも祈りが答えられたのだから、また祈ってみよう」と、明確な形で口に出してではなく、思いのうちに願いをもって、何度か祈りました。

これまでも私はよくスパーか、ショッピングセンターにいる夢を見ました。いつも自分の願望だろうと気にしていませんでした。

先週の木曜日にまたショッピングセンターのような所にいる夢を見ました。その後、何か(忘れてしまったのですが)「これは主が何か言っておられるかもしれない」と感じることが2点、幻のような感じで示されました。夢の中でこれは書き留めなくてはともがきましたが、目覚めた時には忘れていました。するとその日の朝、通りを走る宣伝カーが「スーパー開店」とアナウンスしていました。これだと思うと同時に、何を示しと思ったのか書き留めることができなかったことを悔い改めました。そして、何か主が示しておられるならば、また示してくださいと祈りました。このことは主の御手にゆだねます。


主は私の思いと願いを超えて、想像以上の最高の答えをくださいました。

小さな事のようですが、コレ、あるかないかで、生活にずいぶんな違いがあります。

さらに気分転換のための良い運動にもなります。この坂道~~....。体力が衰えているので、派遣の準備か? と思ってしまいました。

身の周りの小さな事にも配慮してくださる主をほめたたえます!



2013年11月29日金曜日

風邪が治りました!

こんにちは、エパタです。

母とスカイプ電話で話しました。

お祈りをお願いしていました風邪ですが、治ったそうです。お祈りをありがとうございました! 父にはうつらずに治ったそうです。ぴったり祈りが答えられました。ハレルヤ~~。

経過を詳しく書きますと....。

先週の木曜日にスカイプで母と話をした時に、咳をしていて、弟家族から順番に風邪がうつり、自分にもうつってしまったとのことでした。

母は2006年に風邪を引いた時に、元々自律神経が弱い方ではあったのですが、風邪のために嗅覚と味覚が麻痺してしまったことがありました。その時、お医者さんに「風邪をひかないように。今度同じことになったら、元に戻らない」と言われたのだそうです。ですから、いつも「風邪をひかないように」と祈ってはいたのですが、かかってしまいました。

そこで、一週間私も母の風邪が速やかに治るように、熱心に祈りました。また、父にうつることがないように祈りました。

父もよく風邪をこじらせることがあり、数年前には肺炎になり、病院をいろいろたらいまわしにされた結果、体重がずいぶん減り、げっそり痩せてしまったことがありました。私が一時帰国していた時にも父は風邪をひいてしまいましたが、私が病院に行ったほうがいいとしきりに言ったところ、病院に行ってくれて、大事をとって入院となったのでした。

今回、父は4日前から友達と富士山に花の写真を撮りに行ったそうで、母一人でマイペースに養生したのだそうです。タイミング良く、感謝です。

たかが、風邪、されど、風邪。風邪は危ないです。皆さん、お気をつけて~~。

2013年11月23日土曜日

спасибо

привет как дела? что ты делаещь сейчас? ;)

2013年11月22日金曜日

母とスカイプ電話で話しました

こんばんは、エパタです。

母と話しました。日本は寒くなってきているそうです。乾燥がひどくて湿度20パーセントで、家族が順々に風邪をひいていて、母にもうつってしまいました。コンコン咳をしていました。まだ熱は出ていないそうです。母は前に嗅覚・味覚に異常が出たことがあるので、お医者さんに風邪をひくなと言われています。どうぞ、速やかに癒されますように、父にうつりませんように、お祈りください。