2013年10月31日木曜日

アラサトゥーバ旅情報・野生の猿がいる公園

こんにちは、エパタです。

旅シリーズを続けます。今回は近場で。

アラサトゥーバにも動物園がありますが、印象としては鳥類・爬虫類が多く、生物学などの専門家にはヨダレものですが、一般人にはやや退屈かもしれません。入園料取られますし。

そこで、タダで入れるサンパウロ州立大学(UNESP)の公園をご紹介します。


広大な大学の敷地内にFOA(アラサトゥーバ歯科大学)があり、近くに野生の猿がた~くさんいるのです。この猿の種類は、マカコ・デ・プレーゴだそうです。意味は釘猿。くぎ? わかりませんが。小型です。


猿専用の管理事務所があり、そこで食べ物をあげる許可をもらいましたが、襲ってくる危険はないとのことです。

かなり近くまで寄ってくるので、かわいいです。

 
行き方は車で高速でUNESPまで行くか、足がない場合は、アラサトゥーバのバスターミナルからFOA行きがあります。バス代は確か2レアルくらいだったような(100円くらい)。


2013年10月30日水曜日

体験談シリーズ・リオデジャネイロへの移動


19981月末、日本からの宣教チームとともに、初めてリオデジャネイロに行った帰り道、すさまじく道に迷ったが、車中で牧師が「これからリオへ出ます」とおっしゃった。その後、サンパウロで今までに見たことのない虹を見た。まさに、「雲の間にある虹」、大きな灰色の雲に鮮やかな虹がかかり、その虹の前を小さな濃い灰色の黒っぽい雲が通りすぎていく。ビデオを撮りたいと思った。
 
その夜、聖書を読んでいると、イザヤ書6章を通して「誰が行くだろう」という言葉が心に響いた。リオデジャネイロに行くという意味か? と思いを巡らしていると、いったい誰が行くのだろうという思いになり、あれ、ということは私しか、いない? ことがわかった。
 
それ以来、新聞を読むようにしたが、半分近くの記事が殺人などの凶悪犯罪で、恐れが来た。
 
ある日、パスターミナルに行って、すぐ帰ってくるという旅をすることを決心した。
 
腹巻にパスポートとお金を入れ、よれよれのTシャツにビーチサンダルといういでたち、スーパーの袋に聖書と教会から出されている月刊誌「雲の間にある虹」を入れて、3月、バスで出発した。
 
月刊誌をリオのバスターミナルのキオスクに置かせてもらって、すぐに帰ってきた。バスはすいていて、おまわりさんが私のところに来て、私のすぐそばにピタッと張ってくださった。
 
二回目はリオで長期滞在できる場所を探した。
 
誰も知り合いがいないので、最初はホテルを目指した。広告で一番安かった60レアルのAホテルを目指してリオのバスターミナルで乗り換えたが、降り損ねたらしく迷い、どこを走っているのかわからなくなった。
 
迷ったことを感謝していると、前方の座席にアジア系らしい男性がいた。助けを求めると、その人Uさんは日系人で、日本語がわかり、しかも旅行社の人だった。
 
事務所に連れていっていただき、ちがうBホテルを紹介してもらった。さらに格の良いホテルを旅行社割引で45レアルで泊まることができた。朝食もビュッフェで最高、眺めも良く、電話も明細がしっかり出てきた。この旅行社で、後に永住権取得の時に助けてくださったMさんと出会った。
 
後日新聞を見ていたら、このAホテルの前で殺人事件が起きていた。主の守り、導きは完全。主をあがめます。

それから何度も、サンパウロとリオデジャネイロを行き来するようになった。ある時は、突然バスの中に高速警察のおまわりさんが乗ってきて、乗客の身分証明書とバックの中身を調べ始めた。私は恐れた。私のビザはすでに切れていたからだった。まわりさんは私とあと一人の乗客をバスから下ろし、バスの下に荷物があるかと聞いた。もう一人の乗客の荷物を調べ、私は持っていたかばん一つだというと、パスポートを調べた。パスポートにはさんであった緑の紙(アメリカのウエイバー)ピラピラさせて、「これがあれば、よし」と言って、にーっと笑った。

後日、ある日、その日はリオに行くことにしていた日だが、行きたくなかった。夢を見て、その中で見た「イヘプリエンシーベル」という言葉が起きてから頭の中に残っていて、デボーションの個所にその言葉がそっくりそのまま出てきた。怠りなくという意味だった。びっくりして、これは行かなくてはと思った。
 
「み声に聞き従う」という本をバスの中で読んでいると、7章に書かれていた聖書の言葉が心に響いた。「手を海の上にさしのばし、海を分けよ」。以前リオの霊の戦いの時に、コルコバードの丘の上で、「海のほうに手を伸ばせ」と主が言っておられるような気がしたので、手を伸ばした記憶がよみがえってきた。

そして私に主は「リオに出ることを通して、ビザが取れて、リオから海外へ出れる」と語ってくださった。

リオに行く途中で停車した休憩所で新聞を買って、間借りが一ヶ月150レアルとあるのを見つけ、訪問してみた。クリスチャンのオーナーだった。彼女の家に住みながら永住権が取得でき、それで海外にも出ることができた。リオからイスラエルへも行った。主をあがめます。

2013年10月29日火曜日

リアルタイムとりなし・その2

こんばんは、エパタです。

目が覚めてきました!

ルフトハンザ組は無事テルアビブに到着いたしました。アメリカからのトルコ航空組と合流し、エルサレムのホテルに向かっている模様です。




オーストリア航空はゲートを13分遅れて出発ずみ(写真右)、テルアビブに5分遅れで到着の予定です(写真下、オーストリア航空ホームページより「発着状況」。
現在テルアビブは0:40なので、あと15分!















PS

最新情報によると、1:03に到着したようです。

リアルタイムとりなし

こんにちは、エパタです。

とても眠いですが....。

主の十字架クリスチャンセンターからイスラエル・ヨーロッパチームが遣わされています。

成田空港を出発したチームは現在、ルフトハンザ組はテルアビブに向かっていて、着陸寸前。













オーストリア組は定刻通り飛行機がゲートに着いたようで、ボーディング中です。(アイフォンのFlightTrackによる情報)











チームの詳しい状況はこちらのブログで確認できます。



さらに私は FlightTheory で着陸の練習中.......。







2013年10月23日水曜日

体験談シリーズ・長期宣教師になる

イエス様を心に受け入れる祈りして、教会に通う中で、イザヤ書43章を通して、宣教師の召しを受けました。しかし、大学生活が楽しく、世の中の楽しみにひっぱられていました。

祈りの中で神様に「このまま行くと、人生の終わりに空しいものを刈り取ることになる」と言われ、ぞっとしました。熱心に祈り求めました。

すると、ある朝読んだ聖書の言葉、「誰も閉じることのできない門をあなたの前に開いておいた」が心に響きました。

その日の夜、徹夜祈祷会に参加した私はいつの間にかうとうと、居眠りしていたようです。遠くかなたで声がしました。「目を覚ましなさい~」と。意識が浮上してき、目を開けると周りの人が笑っていました。「アメリカに遣わす」と言葉が続きました。祈りの中で私のことが話題になっていたようです。

それらの言葉を祈りの中で黙想した結果、神様が語られていると確信しました。教会から19923月半ば初めてアメリカに教会設立を目的とする集会が行われることになり、そのロスチームに途中参加が導かれました。

飛び立つ日は大雪で、飛行機が飛ぶかと思いましたが、無事、日本を脱出しました。行く日の朝、教会の早天祈祷会に参加したところ、私にたくさんの言葉をいただきました。「最終的に行く所は英語圏ではない」具体的には中南米と語られました。

ロサンゼルスでは、チームの方々が空港まで迎えに来てくれました。さらにそのチームで長期宣教師になると語りかけがありました。そして、その後、すでにアメリカ行きが決まっていた他の二人の教会の方々と共に再びロスへ行くことになりました。

帰国した後も祈っていましたが、お金はありませんでした。最初の費用は50万円と聞きました。ある時証しを聞きました。必要金額を受けたと信じ、十分の一を信仰で捧げる、すると10倍が与えられたと。

促しを感じ、所持金を調べるとほぼ5万円ではないか。思い切って捧げると、次々といろいろな人々から献金をいただき、生活も支えられ、預金残高が今までの最高50万円を超え、献金した上、ロサンゼルスへ行くことができました。主をあがめます。

体験談シリーズ・リオデジャネイロで女性の鼻の病気が治った


2007年にリオデジャネイロに日本から宣教チームが来て、癒しの祈りをしていただいた後、みるみる皮膚がきれいになった。 自分でもびっくりしたが、グァララペスの周りに住む人々が「肌がきれいになったねぇ~」と言うようになった。3人の人に同じことを言われた。

その当時、(ホザンジェラさんのお父様が癒されたとは知らず)国際伝道センターの有志と伝道に出た。公園で日本語とポルトガル語で賛美をして、その後教会のパンフレットを配りながらベンチに座っている人々に話しかけていった。

ある女の子がうつろな表情で座っていた。ホザンジェラさんが話しかけた。彼女は自分はスピリティズムを信じていると言った。ホザンジェラさんは神は頭の中だけの存在ではなく、生きていると言った。

彼女は自分の悩みを話し始め、「鼻の病気が見つかり、会社を首にされそうだ。今日も病院に行って検査をしてきた」とレントゲン写真の入った大きな封筒を見せてくれた。

私は自分はひどい皮膚病で小さい時から苦しんできたが、神様が癒してくださり、きれいになったと自分の腕を見せた。その後、ホザンジェラさんが「イエス様を信じますか」と聞くと、彼女は「信じる」と言い、私たちと一緒に受け入れるお祈りをした。

それから皆で彼女の鼻に手を置いて祈った。彼女は感動して、もし治ったら教会に感謝しに行くと言った。後日、ホザンジェラさんから聞いたところによると、彼女の病気は治り、彼女の言葉の通りに教会に感謝しに来たそうだ。主をあがめます。2010/05/16記す


Isso aconteceu no Rio de Janeiro. Eu estava participando uma equipe de evangelizãção da igreja com os irmaõs. Nós fomos ao parque e começamos a cantar hinos. Muitas pessoas estavam no parque e nos ouviam. Depois de acabamos a cantar hinos, começamos a distribuir folhetos e convidamos as pessoas à igreja. Aí vimos uma moça sentada no banco aparentemente abarada com um envelope de exame médico. Uma moça da nossa equipe
falou com ela, passando o folheto. "Jesus te ama. Ele é a solução de todos os problemas."

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Ao receber o folheto, moça que estava no banco falou, "Sou espirita, mas tenho problema. Acharam uma doença no nariz e eu vou ser mandada embora do meu serviço...."
Aí a moça da igreja respondeu Jesus te cura. Vamos aceitar Jesus agora. Oramos para você. Eu também falei,"Tinha doença grave na pele, usava muitos remédios. Jesus me curou e libertou!" Ela orou aceitando Jesus como Salvador e Senhor naquele momento e também oramos
para que ela ser curada o nariz dela, colocando nossas mãos sobre o nariz dela.
Depois de oração, ela falou "Se esta doença for curada, eu vou à igreja para agradecer."

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Depois a moça da igreja falou para mim que ela apareceu na igreja, dizendo "Não detectou a doença no exame! A doença sumiu! Eles não me mandaram embora. Estou continuando no serviço."
Ela falava para ir à igreja agradecer. Foi isso mesmo que aconteceu.
Eu louvo ao Senhor Jesus e dou toda honra e a glória ao Senhor.

体験談シリーズ・グァララペス男児のアレルギーが治った~with English translation


200512月25日クリスマスの夜、教会の礼拝で2歳の男の子が突然泣き出した。礼拝が終わってもまだ泣いていた。母親がおかしいと言い出した。洋服をめくって足などを見ていると、体中に足やお腹などに赤い点々があるのに気づいた。「アレルギーだ。虫にでも刺されたにちがいない」と言った。教会の方がバイクを飛ばして薬を買いに行った。

母が子をベッドに横たえ、「病院に行かせるべきだ」と言うと、かわいそうだなぁ、でもどうしようもないと思った。その時(聖霊だと思うが)こういう時こそ、祈るべきじゃないかという思いが来た。教会の礼拝で「人の癒しのために祈る時には心を集中させて、その人が治るように心を込めて祈る」と語られていたので、それを思い出して、異言で祈りつつ、額に手を置いた。男の子は真っ赤になって泣いていた。額が熱かった。

しかし祈り始めて数分で熱が引いていくのがわかった。彼は泣きやんだ。母親が体を調べると、赤い点々は消えていた。びっくりしていた。彼はにこにこして、もう一人の男の子と走り回って遊びだした。バイクで薬を買ってきた教会の方も「どうして治ったんだ?」と言っていた。主が癒されました。主をあがめます。2010/03/28記す


Era uma noite de vespera do Natal.
Eu estava assistindo o culto da igreja em Guararapes.
Un menino começou a chorar e a mãe dele o levou fora da igreja.

Mesmo depois que acabou o culto, ele continuava chorando.
Todos estava estranhando porque ele chorava.
A mãe dele viu os pontinhos vermelhos na perna,
barriga e no pescoço dele.
Ela falou, É que os bichos picou nele. e a alergia.
Um dos membros da igreja correu para comprar remédio.

A mãe deitou o menino na cama.
Ela falou, Tem que levar ao hospital.
O marido dela estava preso.
Eu pensei, Que coitado. Nao tem como fazer...
Mas, logo eu pensei assim também,
Exatamente nesse momento, não é a hora que eu preciso orar por ele?
Acho que foi o espirito santo que me falou.
E eu coloquei a mão sobre a testa dele e começou a orar concentrando a minha mente
para ele ser curado nesse momento.

Eu senti que o menino estava com fevre alta, porque a testa dele estava quente.
Quando eu orava com a língua, o menino parou de chorar.
Depois de oração, eu senti que a fevre sumiu e abri os meus olhos.
O menino estava calmo.
A mae do menino viu o corpo dele
e achou que os pontinhos vermelhos sobre o corpo dele inteiro também sumiram!!

Glória a Deus!!

O menino se levantou da cama e começou a brincar com outros meninos rindo.
O membro que saiu para comprar um remedio,
voltou e estranhou. Foi o Senhor que o curou.
O Senhor Jesus é que vive agora e cura.


It was a night of Christmas eve.
I was participating at the church service in Guararapes.
A boy began to cry and his mother took him outside the church.

Even after the service ended, he kept crying.
Everyone was wondering why he was crying.
His mother saw the red dots in his leg,
belly and his neck.
She said, it was because the bugs stung him and allergy.
One of the church members went to buy medicine for him.

His mother laid the boy on the bed.
She said, I have to take him to the hospital...
Her husband had been arrested.
I thought, "What a pity, but I can't do anything for him ..."
But soon I thought like this too,
"Just then, is it not the time that I need to pray for him?"
I think it was the holy spirit who told me.
And I put my hand on his forehead and I began to pray concentrating my mind
for him to be healed at that time.

I felt that the boy had a high fever because his forehead was very hot.
When I prayed with tongues, the boy stopped crying.
After the prayer, I felt the fever had gone and I opened my eyes.
The boy was calm.
The boy's mother checked out his body
and she found that the red dots on whole his body had gone !!


Glory to God !!

The boy got up from bed and he began to play with other boys laughing.
The member who went out to buy a medicine came back and surprised.
The Lord Jesus healed him.
He is now alive and heals.

2013年10月22日火曜日

体験談シリーズ・指先のタコが取れた!


ある時、私は右手の中指の先に白い角質ができているのに気がついた。直径1センチほどの大きなものであった。その指の爪も変形しており、他の指の3分の2くらいしかなかった。ペンだこがそんなところにできるはずはないし、やけどでもしたかなと思ったが、そのままにしていた。

それから23年経って、祈ってみようと思い立った。タコのできている部分を左手で覆いながら、癒されますようにと毎日祈った。

一週間ほど経った12月末、私は家の大掃除をしていた。トイレの手洗いのシンクを洗っていた時、その指をシンクの側面に強く打ちつけてしまった。いつもは爪があるはずが、直前に爪を短く切っていたために、そのタコを直撃してしまった。かなりの痛みを感じたが、すぐに癒しの祈りをした。

タコの部分が内出血していて、黒くなってきた。毎日癒しのために祈った。さらに一週間ほど経った時、黒ずんでいたタコの間から新しい皮膚が出てきていたのに気がついた。どんどんその新しい皮膚の部分が大きくなり、黒ずんでいた皮膚が剥がれだした。ついにポロッと落ちた。跡形もなく。さらに爪も伸びてきて、他の指と同じ大きさになった。主をあがめます。2011/01/15記す。

Um dia eu percebi tinha uma pele branca queratinizada na ponta do dedo médio da mina mão direita que media mais ou menos 1x0.7cm. Eu lembrei que era 2 ou 3 anos atrás(pensava que era queimadura sem saber, mas talvez poderia ser uma marca de caneta ou de teclado). A unha também reduziu cerca de dois terços de qualquer outra unha. No final de dezembro, eu bati na borda da pia essa ponta do dedo forte enquanto limpava o banheiro. Isso aconteceu porque eu cortei de mais minhas unhas do que o habitual e a parte que bati ficou preto por causa do sangramento interior daquela pele branca queratinizada. Eu comecei a agradecer ao Senhor Jesus por isso. Mas, dóia muito, orei para ser curada. A dor continuou cerca de uma semana, orava para cura todos os dias. Aí, foi na semana retrasada, no meio dessa pele que ficou preto, o nova pele apareceu! E a pele antiga caiu. Um dia caiu a parte direita e outro dia caiu outra metade também. Ele curou a ponta do meu dedo e caiu a pele branca que tinha faz tempo. Glória ao Senhor Jesus.

体験談シリーズ・心臓発作の危機からの回復


2007年9月、日本から宣教チームを迎えました。飛行機が大幅に遅れ、税関を出るのに手間取り、チームの一人が結婚指輪を失くしたことに気づいて、取りに走り、サンパウロを出ようとしたら、ぐるぐる迷いながら、時間が経ち、予定がリオデジャネイロだけになりました。

車の中で、私の携帯電話が鳴りました。リオの集会場所を貸してくださる教会の事務局の方、ホザンジェラさんからでした。お父様(86歳でした)が心臓発作でその一週間前に倒れ、集中治療室へ入院されたとのことでした。連絡を聞いた時、私は思いました。なんてことになったんだろう。このタイミングで果たして集会はできるのだろうか。

私は彼女の口から病名を聞いた時、その前にグァララペスの日系人が同じ病名でお父様を亡くされたのを思い出し、最悪の状況を思い描きました。しかし感謝をしていました。

チームの方々とともに、祈祷会をしていると、祈りの中で預言があり「病人のことを聞いたら、病院に行ってでも祈りなさい」ということでした。気になり、ホザンジェラさんのことを牧師に言ってみました。すると病院に行くことになりました。

二人牧師が部屋に入り、私は通訳として入れてもらいました。部屋に入ると、ホザンジェラさんのお父様と見られる男性がぐったりと横たわっており、壁に設置されたテレビ画面の心電図が力なく波打っており、これは危険なのではと思いました。牧師二人が手を置いて祈り、私は心を合わせました。

集会は祝福され、チームは日本に帰国しました。私はいつ亡くなりましたという知らせを聞くかとびくびくしていました。しかしある時、半年以上経って、思い切って聞いてみました。

「お父様はいかがですか?」
「あれは神様です。跡形もなく、一週間もしないうちに退院した。神の癒しです」
「え~~っ?」

家を訪問すると、ぐったり横たわっていた人が、元気になって、食べたり、話をしたり、歩いたりしていました。あまりに信じられず、彼が話をしたりするたびごとに私は「主に栄光!」と言いました。いま90歳です。主をあがめます。2010/04/11記す

2013年10月16日水曜日

リオデジャネイロ旅情報③



マラカナン・サッカースタジアムで夜の試合を見てから地下鉄で帰ってきても、カテッチ駅から人通りの多い繁華街を通るのでより安全な地域にあるヴィトーリア・ホテル。少し見にくいですが右側のライトが灯るあたりに看板が。値段は90レアル(5千円くらい。値上げがなければ)。リオデジャネイロは観光地なので、どこも高いです。ビーチは最低でもこの二倍以上。ラップトップを預けて無事帰ってきました。オーナーさんがいい人で、早朝着いてもチェックインさせてくれるし、しかも「朝食、食べな」と言ってくれる!(^^)

難点はホテルにWi-Fiがないこと。その点は、短期滞在の場合は成田空港でレンタルするか、少し出費できるなら秋葉原のラオックスでSIMロックフリーのアイフォンを買って、ブラジルでSIMカードだけ買っていれると使えます。その場合、誰かブラジル人の友達がいてCPF番号を貸してくれる必要がありますが。注:TIM社の場合、ボックスで買うSIMカードではなくて、看板を出している代理店に行けば、Internacional visitors で旅行者でもパスポートでOKなようです。

聞くところによると、日本人のサッカー選手が修行で来てて、このホテルに長期滞在していたそうな。名前とポジションも教えてくれて、「いまどうしてるかな~、かなりうまかったぞ」と言われたが、う~ん、わからない....。温かい人々に囲まれて、彼も楽しいブラジル生活だったでしょう!



2013年10月15日火曜日

リオデジャネイロ旅情報②



リオデジャネイロ市とニテロイ市をグァラナバラ湾経由で結ぶフェリー。市民の通勤の足として使われています。値段は確か200円くらいでした。サントス・ズモン空港に着陸寸前の飛行機が迫ってきたり、安く安全にリオデジャネイロの景観を楽しめます。

乗り場はリオデジャネイロ市側はプラッサ・キンズィ(ⅩⅤと記されることもある15の意味)。かなりわかりにくい。この近辺はバスしかアクセスがないので、やや中級者向けかも。

 


 
ニテロイ市側はわかりやすい。
 
 
 

リオデジャネイロ旅情報①

こんにちは、エパタです。

以前に書きましたリオデジャネイロの思い出の続きを書きます。これは私が他のブログに書いたものと同じ内容です。



眺めやビーチへアクセスを考えるとコパカバーナがいいですが、ホテルの値段が…。夜10時以降でも人通りが多いカテッチ通り(Rua do Catete)の辺りにも安めの宿がけっこうあります。繁華街の中に地下鉄駅があるので、夜遅く戻っても安全です。(写真はコルコバードの丘へ行くラランジェイラス通りとカテッチ通りの交差点にあるマクドナルド)

2013年10月7日月曜日

イタリアからのアクセスがありました

こんにちは、エパタです。
 
初めてイタリアからのアクセスがありました。イタリアからのご訪問ありがとうございます。(^O^)

エルサレムの平和のために祈る集会

こんばんは、エパタです。

東京で開催された「エルサレムの平和のために祈る集会」に、ブラジルから中継しました。以前投稿したメシアニックジューのイェフダさんと奥様のサラさんもユダヤ人の服装で参加してくださいました。イェフダさんは、日本でこのようなイベントが持たれていることに感動しておられました。
ご協力を心から感謝いたします。


Para "reunir para orar pela paz de Jerusalém" em Tóquio, fizemos transmissão ao vivo do Brasil. O senhor Yehuda que é um judeus messiânico e a esposa dele Sara também participaram com vestuário tradicional judaico. O senhor Yehuda expressou impressionado que tal evento foi realizado no Japão.
Agradeço a colaboração.