導きの証しシリーズ長期宣教師への導きの続きです。
ロサンゼルスでは3か月のウエイバービザで滞在していました。とうとう税関で止められるようになり、日本へ帰国することになりました。
二度と日本へ帰らないと思っていた私は、敗北感でいっぱいでした。祈り続ける中で、ある時神様は「あなたをブラジルへ遣わす。言葉をやっておけ」と言ってくださいました。ブラジル人の知り合いもいないし、ブラジルというとサッカーと、芋とサトウキビくらいしか、知りませんでした。
しかし、ブラジルについていろいろ調べ始めたり、カセットつきポルトガル語会話の本と、ポルトガル語聖書の詩篇の朗読テープを買って、意味がわからなくても聞き流していきました。
ブラジルへ入れるビザについて調べたりしましたが、日本語教師などが少数入っているが、今は受け入れなしと書いてあり、大使館へ電話したりしましたが、セクレタリーがエンドレステープのようにグルグル回っているばかりでした。
そのようなある日、夢を見ました。私が一人立っていて、たくさんの子供たちが私の周りにいました。小さい声で何か言っていました。祈っているようでした。その中のある子が言いました。
「遠くの町々の灯かりが見えるよ」
目を覚まして一番最初に会った人は、その中にいた子でした。彼女は神奈川県に住んでいたはずで、年齢的にも一人で東京の教会まで来るのは難しい感じがしたのです。彼女に会った時、不思議な気持ちになりました。(私が今見た夢の中にいましたよとは言いませんでしたが)
当時、東京の教会は国分寺駅ビルの最上階で礼拝をしていました。ビルにはシースルーのエレベーターがあり、眺めが良かったので、外を見ていると、背後からどっと子供たちが入ってきて、
「あ~~、遠くの町の灯かりが見える~~」
とある子が言いました。私は、夢の中で子供が言っていた言葉だと思い出しました。
聖書を読んでいると、「広い所へ導く」「住むべき場所」という言葉が目につくようになりました。ちょうどテレビでは、ブラジルのドキュメンタリー番組がやっていて、ブラジルは広々としていて、地平線が果てしなく続く国だとわかりました。
それから、よくブラジル人に会うようになりました。ある時は、教会のツアーでイスラエルに行きました。ツアーが終了し、テルアビブ空港でいよいよイスラエル出国という時、なんと私たち53人の日本人の前に、38人のブラジル人のツアーがずらーっと並んでいました。皆がお揃いのイスラエルとブラジルの旗のプリントTシャツを着ていました。ヘシーフェのクリスチャンの団体でした。
実家の近くでもブラジル人と知り合って、仲良くなり、ブラジル料理を家で食べさせてくれたり、ブラジル専門店に連れていってくれたり、ポルトガル語を教えてくれたりしました。
その後、突然、一人の教会の女性がブラジル人の方と結婚されました。彼らが結婚のお披露目のためにブラジルに行くことになり、そのブラジル人の方のお知り合いが役員をしている教会へ、私たちの教会の牧師が招待されました。音楽担当の方など、18人のツアーが組まれることになり、18人目は無料ということになり、私は無料で参加できることになりました。
聖書を読んでいると「私が示す地へ行け。足で踏む所はあなたに与えている」(ヨシュア1)という言葉が心に響きました。
実家へ帰ると、母がテレビの前に座っていて、なんとサッカーを観戦していました。「趣味が変わった?」と一緒に見ていると、テレビ画面に「イエス・キリストのおかげです」と文字が出てきました。(母は未信者でした)私からでさえ、はっきりとは言えなかったキリストのことがテレビ画面に出てき、母は自然とそれを見ていました。日本も変わったなと思いました。それで、私は母に「私はブラジルに行くよ」と自然な形で信仰告白ができたのでした。(別れを告げたわけではありません)
ある時、母と二人で歩いていると、ブラジル人の一行とすれ違いました。耳を傾けると、ポルトガル語でした。母に
「あの人たちはブラジル人だよ」
と言うと、
「あ~~、ブラジルって、あんたが行く所かい?」
と返事が返ってきました。(ああ、お母さん、私はもうブラジルに行くことになってるのねと思いました)
派遣が迫れば迫るほど、私は日本が一番だ!病にかかり、日本はいいな、でももうこれもできない、あれもできなくなると思いました。
教会からブラジルへ行く派遣チームの日程は2週間ほどの予定でした。派遣直前の徹夜祈祷会で、「サンパウロ郊外に器が用意されている。永住する」と預言がありました。そのことを聞き、ある方は、「今回のチームで居座れば?」と冗談を言われました。また、ある方は、生活費の全部ではないかと思われる献金までしてくださいました。その献金を手にした時、「私は本当にブラジルに行って、帰って来ないかもしれない」と思いました。そこで、もし急な導きがあって、ブラジルに残れることになったとしても、残した物に未練がないように、身辺整理をしていきました。父にもらったギターをあげ、やっと便利になって使いこなせるようになってきた自転車もあげ(いただき物でしたが)ました。
いざ、派遣へ行くと、招いてくださった教会役員の方の息子さんが、私たちの教会の話を聞いて、協力したいと申し出てくださいました。私はその方のご家庭にホームスティできることになり、長期滞在のビザもお世話をしてくださることになったのです。