2014年12月30日火曜日

動かしてくれました!



こんばんは。
大家さんからいただいた冷蔵庫を母屋から離れまで運ばなくてはいけなくて、お祈りしていました。ダメもとでアンドレに頼んでみたら、家族で来てくださり、運んでくださいました! お母様の家で夕飯だそうです。いろいろ悩んだわりに、あまりに素早く一瞬にして動かしてくださったので、写真を撮り損ねました〜! 感謝いたします‼︎

2014年12月25日木曜日

風のひびき‼︎

「風のひびき2集」のCDが届きました‼︎ ありがとうございます‼︎


2014年12月24日水曜日

グァララペスに行きました

こんばんは。

グァララペスに行って、孤児院の土地で「風のひびき2集」から歌ってきました。


雨がたくさん降って、小川のほとりにも水が溢れて、湿地帯のようになっていました。


大きなハスのようなものが多数生えている所が元の小川がある付近です。いつもは近づけますが、今日は遠くから見るだけ...。雨をくださる神様に感謝します!

2014年12月23日火曜日

天の戦い

こんにちは。

天国と地獄について聖書箇所をパラパラ見ていたら、面白いことに気づきました。
(もう知っていたという方はごめんなさい^^)

私は今までサタン(ヘブライ語で敵。悪魔の総称)は「ヨブ記」に出てくるように、「地を行き巡り、そこを歩き回って」いる存在で、もちろん地獄にはいるだろうけれども、天は神様の支配域でサタン....はいないだろう? 的な漠然とした想像をしていました。

今回注目した箇所は黙示録12章7節~。
「...天に戦いが起こって、ミカエルと彼の使いたちは、竜と戦った。....天にはもはや彼らのいる場所がなくなった。こうして....サタンとか呼ばれて、全世界を惑わす、あの古い蛇は投げ落とされた。彼は地上に投げ落とされ、彼の使いどもも彼とともに投げ落とされた」

この戦いは患難時代に起こると考えられるので、ヨブ記をよく見ると、「ある日、神の子らが主の前に来て立ったとき、サタンも来てその中にいた」(6節)とあるように、今現在サタンは天と地を行ったり来たりしていることになります。そしてやっていることは、「私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている」ことであると分かります。

「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗闇の世界の支配者たち、また天にいるもろもろの悪霊に対するものです」(エペソ6:12)

2コリ12:2で「第三の天」と書かれているので、「天」がいくつかの区域に分かれているということなのかもしれません。

2014年12月22日月曜日

天国と地獄

こんばんは。
以前からやりたいと思っていた調べ物に手をつけ始めることができました。聖書の中で天国と地獄について書かれていると思われる言葉を書き出しています。

(天国?)
エデンの園(創2:8)、神の園(エゼ28:13)、主の園(イザ51:3)、天の御国(マタイ5:3)、アブラハムのふところ(ルカ16:22)、天(ピリピ3:20)、パラダイス(2コリ12:4)他

(地獄?)
穴、地下の国(エゼ31:14)、深淵、よみ(エゼ31:15)、やみと死の陰の地(ヨブ10:21)、ハデス(ルカ16:23)、硫黄の燃えている火の池(黙示19:20)、底知れぬ穴黙示9:1)、燃えるゲヘナ(マタ5:22)他

とても面白いです。

2014年12月16日火曜日

冷凍庫をいただきました

こんばんは。

住んでいる家の大家さんから、なんと! 冷凍庫をいただきました。二段式で冷蔵庫もついているのですが、故障しているらしく、冷蔵庫の部分は修理しないと使えないそうですが、上の部分の冷凍庫はかなり大きくて使えるとのことです。ブラジルでは冷蔵庫は非常に高いので、買うとなると庶民は分割払いでもかなりの負担になる買い物です。児童養護施設ができたら、必要になるので、神様からのクリスマスプレゼント、感謝します!!

2014年12月15日月曜日

池和田城

こんばんは。

歴史的には今日は赤穂浪士の討ち入りの日だったそうで、やや捜索熱が増し、歴史をネットで調べています。

私事で恐縮ですが、私の出身は千葉県市原市の養老渓谷の近くです。都心からアクセスの場合、内房線の五井駅から一時間に一本の小湊鉄道を使います。その経由駅の一つに里見駅というのがあり、昔、学校で「南総里見八犬伝」というのを習った時に、「南総」というのは、市原市の南部分を指すらしく、南総中学校とかもあったりしたし、「里見」はあの里見駅の里見かなと思ったりしたものでした。

調べてみると、この里見は房総半島南部を昔治めていた里見氏という勢力のことのようです。小湊鉄道沿いの駅に鶴舞駅というのがありますが、その近く、大多喜街道沿い、養老川のほとりに池和田城というのがその時代(1394~1428年頃)にあったそうですが、北条氏が攻めてきて、君津の秋元城、久留里城ほか、一帯の城と共に落城したのだそうです。

小さい頃、いたずら好きで近所の子たちと廃墟になった家の中に入り込み、昔の小銭をたくさん見つけてきて、両親に見つかり大目玉だったことを思い出しますが、かなり古いものだったので、もしかしたら、その時代のものもあったのではと思ったりします。その頃から考古学への興味も始まった気がします。

さて、私は高校は大多喜高校出身で、入学すると必ず大多喜城ツアーというものがあり、昔の武具や絵のようなものが展覧してある疑似城を見てまわった記憶があります。高校の敷地内には当時の門がそのまま残っていたりしました。日本一といわれる大井戸があり、今も水があるそうですが、これは記憶にありません。

北条氏が攻めてきたのなら、池和田城とかなり近い所にある大多喜城も落城したはずなのになぜ残っているかと疑問を持ちましたが、里見氏から没収して徳川の家臣本田忠勝が10万石で入城したのだそうです。乗っ取りはしたが壊しはしなかったということでしょうか。あの近所に10万石もなかという名物がありましたが、いまやっと意味がわかりました。

後に本田忠勝は御宿に漂流したメキシコ船に乗っていた一行300人を迎え入れて世話をしたそうです。実はあの城はスペイン系の人々に由縁があったのでした。

ラトビアから


ラトビアからアクセスがありました!
ありがとうございます‼︎

隣りの家の奥様

こんばんは。

隣りの家の奥様のJさんが玄関前のお掃除をしておられるところに会ったので、イスラエルで撮ってきた動画を編集してこのブログに載せたものを、タブレットでお見せしました。「これがオリーブ山?」と質問されて、やはり関心はオリーブ山にあるご様子でした。

建築技師さん


こんばんは。

建築技師さんから設計図ができあがってきました。寝室、居間、台所、事務室で4万レアル (185万円くらい) でできるそうです。

2014年12月2日火曜日

伝道所カフェに

こんばんは。

これまた久しぶりに伝道所カフェに行きました。オーナーさんご夫妻はいませんでした。新しく来た方が応対してくださったので、ポルトガル語で雑談させていただき、イスラエルの映像をお見せしました。肩が痛いと言うので、少し癒しの祈りをしました。

S姉のCDが前より良い所に置いてあったので、売れますようにお祈りください。^^

礼拝場所について話したら、彼女からもオーナーさんに話してくれるとおっしゃっていました。御心がなりますように....。