2013年2月28日木曜日

メシアニックジューの教会の方に会いました

こんばんは、エパタです。

先日はメシアニック・ジュー(イエス・キリストを信じるユダヤ人)の方とアラサトゥーバのセントロで出会ったことをお話しました。

そこで、アラサトゥーバにもユダヤ人でクリスチャンの方々がいるかもしれないと思い、インターネットで検索してみました。すると、ブラジル全国にネットワークを持つ組織的なメシアニックジューの教会があることがわかりました。その中にあったアラサトゥーバの集会所の住所を目がけて行ってきました。

通りの名前だけで、番地が書いてなかったので、シナゴーグのような建物があると予想していましたが、広々と放牧場が果てしなく続く、いわば新興住宅地の辺りでした。教会らしき建物は見当たらないし、暑さで目がくらくらしてきました。

近辺をぐるぐる廻ると、薬局があったので、その前で乗ってきた自転車を放り出してしばらく座り込んでいました。すると、お店の人が出てきたので、ポカリスエットのようなものが欲しいというと、私の状況を察してくださり、塩味のビスケットを数枚持ってきてくださいました。目が回るような感覚がすぐになくなりました。ブラジル人の優しさに涙が出る思いでした。

もう帰ろうかなと思ったのですが、気を取り直して、また自転車をこぎ始めました。住所にあたる通りをぐるぐる回り、家の前で涼んでいる人がいたので「このあたりに教会はありますか?」と聞いてみました。「あ~、アラブの?」と言うので、「(違うのですが)そうです」と言うと、教えてくれました。

行って「こんにちは~~」と呼んでみました。家の人が出てきたので、「ここは教会ですか?」と聞くと、「そうです」と答え、「Jesusを信じていますか?」と聞くと、「Jesusはカトリック教会が宣伝しているもので、私たちが信じているのは、ユダヤのイェシュアです」ということでした。「中に入りますか?」と聞かれたので、入れていただき、少し話をしました。

出てきた方が家長で、祖父がポルトガルでカトリックによるユダヤ人迫害が起きた時にブラジルに逃げてきたのだそうです。周辺地域のメシアニックジューの方々が集まって、集会を持っているとのことでした。「インターネットで見て、電話をかけたが現在使われていなかった。住所を見てきた」と言うと、「新しい電話番号はもう教えたんだけど」と言っておられました。電話番号を教えていただいて、帰ってきました。さらに主の御心の関わりのため、主の導きを求めて祈っています。

2013年2月18日月曜日

イエス様が教えてくださっている事

こんばんは、エパタです。

先日は「シオン」についてイエス様が私に直接教えてくださった事柄を書きました。また最近、ずーっと以前から疑問に思っていた事について、イエス様が少しずつ教えてきてくださっているのです。

それは、アラム語についてです。

疑問のきっかけは、10年ぐらい前に「パッション」という映画を観たときに、イエス様がアラム語で話ていたことに発します。私はそれまではイエス様はヘブライ語を話していたのだと思っていました。イエス様が話すアラム語がとてもエキゾチックで新鮮な印象を持っていました。一方、イエス様を捕らえて十字架刑に処するローマの兵士たちはラテン語(?)を話しており、それが同じラテン語系列のポルトガル語とそっくりで、イエス様を迫害する立場に立つ者として、どーんと落ち込んだものでした。周りで観ていたブラジル人たちも同じような思いをいただいていたのか、みんな一様に首をうなだれて映画館を出たものでした。

それから聖書を読んでいるごとに、「アラム語で」と書かれた箇所が不思議にひっかかるのです。何を言っているのですか、教えてくださいと祈っていました。

それが最近、アラム語を話していたのは、イスラエルを攻めてきていたアッシリア軍の兵士たちが話していた言葉だったことに気がつきました。ウィキで調べたところ、イスラエルの民が捕囚でて引かれていった後、アラム語は中東一帯の国際共通語として、商業・外交で使われるほどにその地域に広まったそうです。

イエス様はいわば敵国の言葉であるアラム語を習得しておられ、宣教の働きのために積極的に使っていたのでした。当時のユダヤ地方では数か国語話せる人は少なくなかったのです。相手が何語を話すかによって言葉を変えていたのです。イエス様はエルサレムに上ったときに、宗教家の方々と議論したと言われていますから、ヘブライ語ももちろん話せたのでしょう。しかし、民衆に対しては彼らの日常語であるアラム語で話しかけていたのだと思われます。

私がこのブログで使っている「エパタ」という名前も、「開け」という意味ですが、新約聖書で出てくる言葉の中で、ヘブライ語かアラム語かと言われている言葉の一つだそうです。時に応じて、聞いている人々がより理解しやすく、心を合わせやすい言葉を、イエス様が使っていたことがわかりました。

このアラム語ですが、イエス様が使ったアラム語は今は絶滅の危機で、シリアのダマスコの近郊の町々他3か所だけで用いられているのみだそうです。そのうちの1つはキリスト教徒の町だそうです。イスラム教ばかりだと思っていたシリアにもキリスト教徒がいたのです。今紛争が起こっているホムスという町もキリスト教徒が多い町で、彼らは迫害されていると言われています。

さらにイエス様に尋ねていきたいと思います。

PS
ちなみにここ、アラサトゥーバではまだ「レ・ミゼラブル」は始まっていません....。

2013年2月16日土曜日

ゴスペルを歌う人に会いました

こんばんは、エパタです。

いつもの繁華街を歩いていると、「やぁ!」という感じで声をかけられました。見覚えのない人だったので、人違いかなと思って、通り過ぎようとしていました。
「あなた、歌っていたでしょう」
と言われました。聞くと、彼女はゴスペルを歌う人で、CDまでも作って売っていました。彼女のCDを買ってあげて、言いました。
「毎週土曜日11時半にカウサダォン(繁華街)で歌うことにしているから、あなたも一緒に歌おう」
と誘うことができました。ハレルヤ! 主の導きと助けを感謝いたします。彼女のCDにあったポルトガル語の曲を1曲練習してみました。これからどういう主の導きがあるか、わかりませんが、祈って行きたいと思います。

2013年2月14日木曜日

ブラジルのおまわりさん

こんばんは、エパタです。

いつも土曜日にアラサトゥーバのセントロに伝道の働きのために出かけています。警察の詰所の前で活動をしているのですが、いつも出会うおまわりさんがいます。その詰所で働いているのではないのですが、その近辺で見回りをされています。

その方にずいぶんお世話になっています。ある時は、不審な人物が近づいてきたことがあり、いやがらせと思える行動をし始めたので、思わず、一喝してやろうかと思ったのですが、無視していました。すると、そのおまわりさんがすーっと通りすがり、私が挨拶がてら敬礼したら、その不審人物、ぱぁーっといなくなりました。

ある時はある大衆食堂でぱったり出会い、世間話などしていたら、なんとお昼ご飯をごちそうしてくださったのでした。

この方、風格もまさにゴスペル歌手のようですが、バスのとても良い声の持ち主です。
「ゴスペルを練習しよう、絶対ヒットしますよ!」
と本気で誘っています。

この場をお借りし感謝いたします。

2013年2月7日木曜日

Mさんと一緒に祈りました

こんばんは、エパタです。

今日は雨が降って少し過ごしやすくなりました。これで良く眠れます.....。

今週から学校が始まったので、Aちゃんは授業の中でやっているバレエで使う衣装作成のことで頭がいっぱいで、日本語を学ぶ余裕が今のところない模様です。

日系人のMさんに電話してみたら「書き物でお願いしたいことがある」というので、訪問しました。大切な書類の日本語の文字を書くというものでしたが、大変喜ばれました。

Mさんはご主人が大腸がんで、サンパウロの病院に入院しておられるので、二人でイエス・キリストの御名によって、早く治って退院できるようにお祈りしました。彼女はポルトガル語で、私は日本語で。主が御手を置いてくださいますように...。