2015年3月3日火曜日

新井先生が召天されました

こんにちは。

新井先生が先週の日曜日に召天されたことを聞きました。

私は大学1年の時にイエス様を受け入れましたが、新井先生は大学の卒業生の先輩でした。大学には聖書研究会があり、入学生の名簿からクリスチャンであった私を探し出してくださった会員のAさんの熱意により、私も参加するようになりました。新井先生が率いておられた時にはとてもたくさんの人々が集っておられたと噂に聞きました。

先駆けで聖霊の賜物とか、神の癒しとかを主張されて、テーマに本を書かれたり、当時は異色な仕事をされていて、ネットでもずいぶん叩かれたようでした。

友人の書棚にあった新井先生の説教テープを聞かせていただきましたが、まだお若くて早口でいらっしゃいました。内容はピりピ1:21の「私にとっては生きることはキリスト、死ぬこともまた益」という言葉でした。日本語では「死ぬことも」と書いてあって、付属的な感じがして、生きているほうがいいんだけど、死ぬこともよい、みたいなニュアンスがあるが、ギリシャ語では「死ぬことは良いこと、利益になること」と全然印象が変わってくると説明されていました。

イエス様を信じたばかりで、先生の天国についてのメッセージはとても心に残りました。

恵みにより2012年の夏に一時帰国することができました。それまで2006年からずっと一時帰国できなかったのですが、その時に神様の不思議な導きによって、帰国できたのでした。今考えると、本当にそれは神様のタイミングでした。ちょうど新井先生が主の十字架クリスチャンセンターの東京アンテオケ教会で説教してくださる集会に参加できることになりました。私は朝に一章ずつ聖書を読みますが、新井先生が説教される日の聖書の言葉は、ピりピの1:21でした。はっきりとは分かりませんが、神様が何かを語っておられるように感じました。何かの使命をもって主の十字架で説教されるのだと思いました。

また、2014年の冬にも一時帰国のチャンスが与えられ、新井先生が来てくださった「白馬スネルゴイキャンプ」に参加することができました。今年の白馬スネルゴイキャンプが終わったその時に息を引き取られたというのも、神様の御手を感じます。